風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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2nd.Discovery Brew - あいつの嘘に気付いた理由 -

 何だってこんな事になっちまったんだか、俺は小一時間ほど前に遡って自分に言ってやりたい。「面倒事には関わるな」と。
 大体、諸悪の根元はと言えば、今、俺の隣でうきうきと物騒なものを構えているヤツだ。
 取手の奴のことが解決して、二日。俺は、偶然真夜中に窓から墓地へと出掛けようとしている葉佩を見つけ、何だかんだやってる内にここへと辿り着いていた。
 俺の横で、葉佩はH.A.N.Tとかいう携帯ツールを見ながらぶつぶつ呟いている。
 何でも、クエストという《宝探し屋》の仕事をこなしに来たのだという。本当は最初に潜ったときにやるはずだったらしい。ま、あん時はそんな事やってる暇も余裕もなかったんだろうがな。
「南西の像より……戦いに備えん?な、戦いに備えるって、どーゆーことだと思う?」
「俺が知るか」
「戦いに備える…銃弾でも補填すんのかな」
 粘土で欠けた箇所を補充した土偶のある、あの場所だ。八千穂が作り上げた土偶は、今日も元気に耳だか角だかを生やし続けたままだ。まさかとは思うが、あれは半永久的に残るのか?…人類の恥だぞ。
 葉佩は区画に入って最初に目に入る土偶の前で、さっきからごちゃごちゃと、いろいろ。
「戦いに備えるだったら、まず武器でも構えてみたらどうだ?」
「お、それいいかも……よっ、と」
 葉佩が銃を構えたとき、黄色い光が立ち上り、携帯ツールが何かを告げた。
「クエスト達成だってさ!!さっすが皆守クン♪」
「分かった、分かったから離れろ!」
 ゴーグルを額まで上げて、その下で葉佩が笑う。
 ……こいつと知り合ってまだほんの数日だが。
 俺は、この笑顔こそがこいつの抱える嘘だと、根拠もなく、確信している。

*  *  *

 ふざけた転校生。いつでもへらへらと笑っている奴だと思った。
 現にいつでもへらへら笑っている。締まりがなくて、女と見れば声を掛けずにはいられないらしい。まるで犬かなんかのように人懐っこい笑顔を見せてすり寄っていきやがる。
 けれど、その第一印象とあいつの中身にとんでもない落差があると気付いたのは、あいつの正体を知った辺りからだった。
 転校して来たときには、『ああ、またか』程度にしか思わなかった。また転校生がやってきて、そして消えていく。俺はただ黙ってそれを見送るのだろうと思っていた。
 案の定、転校生は俺の忠告を無視して墓場に近付いた。ったく、いい度胸してやがる。その時の格好や立ち振る舞いで、どうやら普通の転校生じゃないということは分かったんだが、俺が妙だと思ったのは、その後の出来事でのことだ。
 施錠された夜の寮から出るために、葉佩は自分の部屋からロープを垂らしてそっから出入りしていたらしい。
 まぁ、何と言うことはない。あいつは部屋の直前で足を滑らして、落ちたのだ。
 幸い、落ちながらもロープを掴んだことと、下で俺が受け止めたことで怪我はなかったらしいが、あいつの最初の反応を見て、俺は頭でも打ったんじゃないかと疑った。(いや、頭がおかしいというのはその前から思っていたがな。)
 葉佩は目を見開いて、俺を凝視した後、心音を確認して、それから目の奥を覗き込んできた。大丈夫か、怪我はないかと、普段のこいつらしからぬ口調で聞いてきて、俺が大丈夫だと言った後も、そっちが大丈夫かというくらいに震えていた。
 何か、抱えてるのかもしれないと疑いだしたのがその時だ。

*  *  *

「泣けませんが、どうしましょう」
「はぁ?次は何なんだ?」
「蛇の前で、黄昏に涙せん」
 飛び石の続く、例の葉佩が足滑らして落ちた場所の、蛇を象ったスイッチの前で、葉佩は頭を抱え込んだ。
 黄昏に涙、ね。
「皆守、ちょっと蹴っ飛ばしてみてくんない?そしたら泣ける、」
「思いきりいくぜ?」
 俺がアロマパイプを銜えたまま嗤うと、葉佩は底の見えない暗闇に目を落とし、慌てて首を振った。
 それからまた、泣くために試行錯誤を繰り返す。瞬きをしないだとか、頬をつねってみるだとか。百面相のように表情が変わるものの、一向に泣く気配のない葉佩を見て、
 寝れば泣けるんじゃないか?
 その一言は言ってはいけないと、辛うじて飲み込んだ。

*  *  *

 次にあいつの内面を垣間見た気がしたのは、屋上で不眠症だという話を聞いた後だ。
 神経だけは図太そうな面をしておきながら、あいつは夜、眠れないんだと。普段のあいつしか見ていなかったら、きっと冗談だと笑い飛ばしてたぜ。だが、あの夜、俺が怪我をしたのではないかと、妙に怯えていた葉佩を思い出すと、それがあながち嘘じゃないのではないかと思えてくるんだから不思議なモンだ。
 あいつは俺のアロマを言い訳に突然俺の横で寝やがって、しばらくすると顔面蒼白にして魘されだしたあげく、事もあろうに寝言まで吐きやがった。
 誰かの、名前だったように思う。聞き覚えがないのは当然だ。あいつのことだってほとんど知らないのだから、交友関係なんて知ってるはずもない。
 だが葉佩は……泣きやがった。見間違いなんかじゃない。首を横に傾けた葉佩の頬を伝っていったのは、間違いなく涙だった。雨なんて、降ってなかったしな。
 とんでもないもん見たと思ったぜ。誰に言っても、信じちゃくれないだろう決定的瞬間だ。誰に言うつもりもないが。
 俺はその場から逃げた。あいつが目が覚めたときに、もしも俺が泣いたところを見たと知ったらどんな顔をするか。想像したくもないってんだ。
 ……寝てるあいつに学ラン掛けてやったのは……あれだ、魔が差したってヤツだ。それ以外には断じて考えられない。男に学ラン掛けてやるなんて……正気か、俺。

*  *  *

 結局、黄昏、つまり太陽が落ちる西側を見るだけで達成できたらしいクエストの後は、だだっ広い部屋で、
「皆守クン、好きですッ」
「……アホ」
 今度は『心を入れ替える』だそうだ。
 どうにもアホだとしか思えない《宝探し屋》は、心を入れ替えて、女だけでなく男でもいけるようにすればいいかも!とぬかしやがった。本当に、アホとしか思えない。というかアホだ。決定的に阿呆だ。
「あっれー、ダメだな…」
「当たり前だろ。大体お前の心情を加味してどうこうなるもんなのか?クエストってのは」
「さぁー」
 心を入れ替える、そんなこと、普通は付け焼き刃ではできないと思うが。この阿呆にはそんな事言っても通じないかもしれない。
「心を入れ替える、八千穂ちゃんから白岐ちゃんに?いや、七瀬ちゃんか?」
 そういうことでもないと思うぞ。
 どうにもワケが分からなくなったらしい葉佩は、とうとう武器まで構えだした。
「心を入れ替えて悪事を働いてみるとか。ここで皆守殺せばあっと言う間に完全犯罪だよなー」
「安心しろ、化けて出てやる」
 冗談だと言いながら葉佩が銃を降ろしたとき、また周囲に黄色い光が。
 顔を見合わせる俺と葉佩。
「皆守に銃向ければいいのかね?」
 ……違うだろ?

*  *  *

 女好きだと、まるで公言するように女子に愛を振りまく葉佩だが、どうやら誰かひとりをどうこうというわけではないらしい。
 取手の一件で、俺と葉佩は少しもめた。何のことはない、意見の相違というヤツだ。ただそれだけのことだったが、葉佩は何のつもりだか、探索の前に俺の部屋に乗り込んできて、無駄話をしていった。
 その時に言ったのだ。
 八千穂も白岐も七瀬も、雛川もカウンセラーも、マミーズのバイトも、全員好きだと。
 それは、要するに全員同じようにしか見えてないということではないのか?葉佩は違うと言ったが、俺にはどうしてもそうにしか思えなかった。全員に好きだと言うが、その重さも価値も全て同じく、意味など持たない言葉ではないのかと思えてならない。
 目に映る人間は皆、別の人間であるはずだが、もしかしたらあいつには同じものにしか見えていないのではないだろうか。性別が女であれば愛を囁き、男であれば友達だと笑う。人を判断する価値基準の根底が普通の人間とは異なっている、という俺の推測は、あながち間違いではないだろうな。

*  *  *

 最後のクエストは、化人とかいう化け物の討伐だった。
 葉佩は最後の最後まで通路で待ってろと俺に言ってきたが、こっちにそんな気は毛頭無い。あんな無茶で、自分の無事を鑑みないで突っ込むヤツをひとりで化人の巣窟に向かわせたりしたら、おそらく俺は二度と葉佩に会えないだろうと思ったのだ。……だからどうだということでもないが。
 八千穂が悲しむ、という言い訳はそろそろ見破られる頃だろうよ。まぁ、それでもいいさ。
 通路の石像に石を嵌め込んだことで解錠した扉の先の部屋には、化人が密集していた。相当狭い部屋に、まるで詰め込まれているようで少し哀れにも思えてくる。しかも、倒しても倒しても、侵入者が墓地から出ればまた蘇り、こうして墓を護り続けるってんだから始末が悪い。
「葉佩、どれを斃せばいいのか分かってんのか?」
「さーなッ。でも砕け散れって事は、コレだろッ!!」
 葉佩は化人共が動く前に、手に持った爆弾を部屋の中央に投げつけた。
 やはり、戦闘慣れはしているんだな。ただ俺や八千穂に対して過剰に保護しようという意識が働くだけで、本当は戦闘自体得意なのかもしれない。
 爆弾の一撃で、部屋から化人の姿が消える。……一体を、残して。
 部屋の端にいた蝙蝠が高速で葉佩を狙う。咄嗟に、俺はヤツの襟首を掴んでいた。あぁ、眠い。
 ぐらりぐらりと船を漕いで、結果的に攻撃を回避する。葉佩は俺の腕の中に収まったまま、銃を撃っていた。
 部屋から完全に化人の姿が消えた。腕の中で、葉佩は力を抜いた。
「ふぃー、お疲れ。ありがとな、助かった」
「何だよ、もう終わっちまったのか?」
「お前のお陰でね~v」
 語尾のハートマークが果てしなく余分だ。

*  *  *

 本当に、葉佩の戦闘スタイルは捨て身だ。いや、ひとりでは捨て身とは言えない戦法なのだろうが、俺たち、俺や八千穂がいると自分の身体のことは無視して身を挺す。見ている方からすれば甚だ迷惑な戦い方だ。
 自己犠牲、それが鼻に付くと告げたが、葉佩は否定した。あいつの言い分によれば、葉佩がもし死んだとしても、それは犠牲にカウントもされないんだそうだ。こうなったら、確実に異常だ。他人のことは怪我ひとつでビビるくせに、何だ?自分はどうなっても構わないってか?いや、それ以下だ。犠牲云々より、自分をまず現存する存在として認識していない節がある。それが葉佩を、突き動かす原動力なのだろうか?
 ふざけたヤツだ。いつか食われちまうだろうよ。化人にも、それから、人間にも、だ。骨も残らずに消え失せる姿が見て取れるようだぜ。
 けれど葉佩はきっと、それを平気な顔して受け入れるんだろ?
 ……いや、もしかしたら、望んでいるのかもしれない。 だから、言っちまったんだよ。
 お前が死んだら、俺が泣く、なんてな。
 そうでも言わなければあいつは、望んだ未来に突っ走っちまいそうだったから。
 別にヤツがどうなろうが構わんがな、俺の領域内でくたばるのだけは止めろと、そういうつもりだったんだ。
 それだけだ。

*  *  *

 魂の井戸、とかいう回復区域でアイテムを回収し、俺たちは寮へと戻った。
 真夜中過ぎ、月だって見えやしない完全な夜。普段なら確実に寝ているであろう時間帯、しかも墓地で、俺は何をやってるんだ?貴重な睡眠時間が夜間徘徊が趣味の同級生によって失われていく。これで明日の午前の授業に出られないことが確定した。葉佩、お前のせいだ。
「あー、疲れた…」
「そりゃこっちのセリフだろ」
「つっても、付いてきたのはお前だろ?」
 そりゃそうだけどな、窓から、まさに今降りますってお前を見つけて放っておけるか!また目の前で落ちられたら堪ったもんじゃない。こいつには階段という人類が発明した文明の恩恵たる設備が目に入ってないらしい。現代日本の象徴とも言える新宿のど真ん中で、窓からロープで出入りなんて、有り得なさすぎてため息が出る。
「とにかく、夜出かけるときは俺に言え」
「……過保護」
「お前にだけは言われたくねーな」
 鼻を鳴らして葉佩を見下ろすと、面白くないのか顔を背けた。どうも身長にコンプレックスがあるようで、反応が楽しくて顔をこちらに向かせてアロマを吹きかけた。
「う、わ!何すんだ!」
「よく眠れるようにだ。不眠症なんだろ?」
 どうやらアロマを気に入っているらしいからな。これはやれないが、お裾分け程度になら堪能させてやってもいい。
「そりゃどーも!お前こそ、寝過ぎで遅刻すんなよ?」
「おッ、説教か?」
「まさか!皆守がいないと寂しいからねーん」
 ふざけたことをぬかして、葉佩は自室へと入っていった。俺の部屋はその隣だ。部屋に戻っても、隣の気配はなんとなく分かる。ベッドの配置の関係で、あいつが何度も寝返りをすることまで壁を介して伝わってくる。
 俺にとって、夢は現実から離れるための手段であり、安息を得られる唯一といってもいい場所だ。だが葉佩にとっては、苦痛でしかないのだろう。でなければあれほど体力を使っておきながら眠れないなどと言うことがあるはずがない。
 …まぁ、俺には関係ないことだがな。壁一枚向こうの葉佩が眠れずに朝を迎えるなど、これから夜を迎える俺には、どうしようもない事だ。
 俺は気配を全て無視して、目を閉じた。
 相も変わらず葉佩は、寝返りを繰り返している。

End...