風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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2nd.Discovery 蜃気楼の少年 - 1 -

 『思い出』って言うのは、時にとんでもなく残酷だ。
 いつまで経っても脳味噌の―――というよりその人の一部分を占領し続ける。
 どうしても忘れたい思い出っていうのも、忘れたい、って思いと反比例してどんどん、侵食するように増大していく。
 そんな『思い出』に、いつか侵食されきって、動けなくなる日が来るんだろうか。
 思い出の中でだけ生きて、思い出に喰い殺される。
 それは――――幸せなのだろうか。

*   *   *

 前夜、普段にもまして微妙な寝付きで、ぐったりと机の上に伸びている俺の後ろから、
「葉佩クン、おっはよッ」
 とってもお元気な声がして、肩を叩かれた。振り返れば、隣の席に座ろうとしている八千穂ちゃんが。
「おはよー」
「昨日、あれからすぐ寝れた?何かあたし興奮しちゃって、なかなか寝付けなくて…」
 ダイジョーブ。俺なんかいつも寝付けないから。
「そうそう、今日も墓地に行くでしょ?」
「へ?」
「だって、あの墓石の下に開いた大きな穴―――あそこに何かありそうじゃない?」
 ……その通りなんだけどさ、だからってまた行こうとか思う!?校則がお厳しいことくらい、俺よりもよく知ってるでしょう、八千穂ちゃん。それに夜の墓地なんて危ないし、お仕事は、あんまりお邪魔されたくないですケド…。
「皆守クンや墓守の人は墓地に入るなって言ってたけどそんなの無理よね」
「や~ぁ…俺も入らない方が…」
「結構深そうな感じだったけど、ハシゴとかロープとかで降りられないかなァ……」
「いや、ね、だから……」
「もしかして月魅が言ってた學園の秘密が、あの穴の奥にあったりして」
「無いと思うよー、おーい…」
「ああ……そんな事になったら、退屈な寮生活にお別れね。スリリングだと思わない~?」
 徹底的にシカッティングですよ。無視ですか。自分の世界ですか。興味は急には止まれませんか、そうですか。
 あの下に、秘密があるのはもう俺も八千穂ちゃんも、きっと皆守にだって分かってるに違いない。でも、中に降りるのは危なすぎる。ヘラクレイオンのときみたく、中に何か異形の者がいるかもしれないんだぜ?んなとこに女の子を連れて行けるかってんだ。
「墓地に行くときは、絶対、あたしも連れてってよね」
「……ちょ、それは…」
「抜け駆けしてひとりで行ったら、葉佩クンの秘密、みんなにバラしちゃうんだから」
「……………」
 女の子は強かだ。それは万国共通らしい。でもね、八千穂ちゃん、その強かさと好奇心が、一体どこに繋がっちゃうか、誰にも分かんねーんだよ。もしかしたら天国に続いちゃうかもしんねーんだぜ?危機感が、無さ過ぎる。
「ダーメ。俺ももう行かないから、八千穂ちゃんももう墓地とか行くなよ?」
「何でよ!男のくせにケチくさいこと言わないの!」
 ケチくさい、とかじゃなくってさー…。単純に、危ないと思って言ってンだけど通じない?
「いいもん。葉佩クンが行かないならあたし一人でも行くから」
「いぃっ!?」
「ロープとか売店で売ってるかなぁ…。あ、用心にラケットとか持ってった方がいいかな」
 やばい。それは止めた方がいい。あの墓地に、墓石が増える事態になっちゃうかもしれない。
 それだけは、ダメだ。
「分かった、分かったよ、行く。行くからひとりで行くのだけは止めよーぜ?な?」
「それじゃ、夜に墓地で待ち合わせしよッ。あたし、部活の後に行くから待っててね」
「……はぁ」
「うんうん。あたしが居なくて寂しいのは分かるよ~。でもキャプテンだから部活を休むわけにはいかないの」
 そういうことじゃないんだけど……言ってもたぶん分かってもらえないと思うので、だんまり。八千穂明日香、ちょっと暴走のケあり。俺はこっそりH.A.N.Tにメモっておいた。
「そうだッ、連絡先を教えておくね」
 俺がH.A.N.Tを取りだした事で思い出したのか、八千穂ちゃんは今時の女の子、と言う感じのプリクラと一緒にケータイのアドレスが書かれた紙をくれた。メモるついでに、それも一緒に登録。
「へへへッ。ん?あァァァァァッ!!」
「な、何!?どーした!?朝飯食いっぱぐれたのを今頃思い出した!?それとも下着を履き忘れたとか!?」
「そんなんじゃないよ!!次、理科室に移動しなきゃなんだけど、あたし当番だから準備をしなきゃなんだった。それじゃ、葉佩クン、先に行くねッ」
「はぁ~い、って、もういねぇし」
 嵐を呼ぶ女、八千穂明日香。すかさずH.A.N.Tにメモ。その時、丁度メールが届いて、H.A.N.Tが震えた。
『七瀬です、初めてメールします』
 おぉう、七瀬ちゃん。なんかメールの書き出しが古風でいいなぁ。八千穂ちゃんと並べると静と動でバランスが取れてんのかも。
 内容は、ちょっとドキッとするもの。いや、トキメキ、とかの類じゃなくてね。
 宝探しを生業とする職業の事を、八千穂ちゃんから聞かれたとの事。しかも、七瀬ちゃんはそこで俺の顔が思い浮かんだ、と。ヤだなぁ、なんか、どんどんバレていきそう、俺の正体が。
「はァ……」
 そういや、次、理科室だっけ…、行く気しねぇなぁ。なんか、眠いし。寝不足には慣れてるつもりだけど、別の疲労がノーミソに蓄積されてる感じ?
 そうこうしてる間に、みんなバタバタと理科室に移動し始めた。しゃーない、行くか。
 俺が立ち上がるのと、
「……おはよう」
 声を掛けられるのが、同時だった。見れば、長い髪のあの子、白岐ちゃんがいつの間にかそこに立っていた。
「オハヨ、白岐ちゃん、今日も一段と神秘的vv」
「いつも、そうやって誰にでも愛を囁くの?」
「時と場合と相手にもヨリケリ。で、どったの?もうすぐチャイム鳴る、」
「葉佩さん、あなた―――。もう《墓地》へ行った?」
「………」
 さて、どうしましょう。白岐ちゃんは、なんていうか…雰囲気がありすぎて、墓地の秘密とか知ってるような気がしないでもないんだ。だから話をすれば核心を教えてくれるかもしんないけど、信用して良いか計るには、まだ材料が足りなさすぎる。
「学校の、裏手のヤツ?ああ、行ったよ?迷っちゃってさ。ホントは立ち入り禁止なんだって?」
「そう……」
「あのさ、あそこって、」
「それならば気を付ける事ね。闇は、常に私たちの傍らにあり―――その《力》に魅入られた者は誰も逃れる事は出来ないのだから」
 彼女はきっと、何かを知ってる。そして俺に忠告をくれている。
「ありがと、覚えとくよ」
 白岐ちゃんは微かに頷き、そのまま教室を出て行った。
 闇は傍らに。そう。人は光の中にいるようで、そのくせ瞬きをする一瞬は、闇の中にいるんだ。ただそれが、永遠の闇ではないから、人は普段、闇を恐怖と思わない。夜を恐れたりしないんだ。
 ダーメだ、朝っぱらから疲れる…。
 気付けば教室に一人きりで、俺は重い足を引きずって教室を出た。
 って、何だこりゃ?
 俺の足下に転がってきたのは、拳くらいの大きさの、
「石ころ…?」
「拾ったね……」
「おぉ!?」
 ふふふふふ、という不気味な笑い声と共に現れたのは、長い髪の(と言っても白岐ちゃんほどではない)男。胸になんや、大事そうにケースを抱えていた。
「転校生―――葉佩九龍」
「ハイ?」
 誰だ、こいつ。俺のことを知ってるっぽいけど、俺はこいつを知らんぜよ。
「落ちている小石を拾い上げる。石に対して興味アリ」
「石?」
 あ、これのことね。そりゃいきなり足下に転がってりゃな。
「やあ」
「どーも」
 彼はとっても友好的ってな顔して近付いてくる。
「君とはいい友達になれそうだ。石好きに悪い人間はいないって言うしね」
「そーなんか?」
 てか、石好き?え?俺のこと?
 思わず手に持っていた石と、目の前の彼を代わる代わる見比べた。
「僕は3-Dの黒塚至人。遺跡研究会って部の部長をやってるんだ。よろしく」
「よろしくー」
 遺跡研究会ですか。変人がいれば変な部活もあるもんだわ。
「いいね、君。ますます親近感が湧いてきたよ」
 そんな俺、どうだろう。
「そうだ、ひとつ訊いていいかい?」
「どーぞ」
「君さ、ザラザラした石を見ると舐めてみたくならない?」
「は?」
 石?石、舐める?
「石かぁ…」
「いいよね……あの舌触り。石の歴史を肌で―――いや、舌で感じるっていうか。ああ……考えただけで、涎が出そうだよ」
「……………」
 あまりに楽しげに言うから、俺は手に持っていた石を舐めてみた。……可もなく不可もなく。味、しないけどな?
 するといきなり両手をがっちり掴まれて、見れば目の前の彼は目がキラキラしてる。
「葉佩君……君、本当にいい感じだね!!」
「そ、そーか?でもあんまり旨くはないかと……」
「ふふふふッ。今度、部室へ遊びにおいで。4Fの南棟にあるからさ。それじゃあ」
 これは気に入られたと見てよろしいでしょうか。よろしいですね?てかちょっと待ってよ、朝から色々ヘヴィだよ。こりゃ授業サボって白衣のカウンセラー先生の居る保健室で寝るしかねーだろが!
 黒塚、と名乗った彼は、ラララ~♪と石への愛を歌いながら俺の前から立ち去った。
 ……面白いヤツ。
 そしてまた後ろから声。
「葉佩君?」
 この声は、雛川先生!ああ俺の愛しの天使!!
「どうしたの?廊下の真ん中に立ちつくして。大丈夫?」
「いえ、あの、未知との遭遇がありまして…でも大丈夫っすよ!雛川センセの顔を見たらもうそれだけで!」
「ふふふ、その様子なら大丈夫なようね」
 テンション、一気にハイへ。
「だんだんと學園の雰囲気にも慣れてくると思うから、あまり思いつめないようにね」
「うぃっス」
「先生もあなたと同じように、途中からこの學園に来たでしょ?赴任初日は、ドキドキして大変だったの。だから葉佩君の気持ちはよく分かるわ」
 ……石を舐めたい、と宣う男に気に入られた俺の気持ちを分かるとは、なかなか素敵なことで。イヤ、ンなワケはないだろうけど。
「あ、私は昼休みなら職員室にいると思うから、何でも私に相談してね」
「じゃあ恋の悩みなんかも……」
「あら?もうそんな相手ができたの?ふふふ、でも、いいことね」
 いえ、目の前にいらっしゃりますよ!今度、年上の女性を口説く方法とか相談しようかな。
「先生ね、こう見えても高校時代はラクロスをやっていて力だってあるんだから」
「み、見えない…」
 力のある雛川先生。大声をあげて笑う白岐ちゃん。だんまりの八千穂ちゃん。
 どれも似合わないですがな。
「ふふふッ。それじゃ、早く授業に行きなさい。遅れないようにね」
「へーい」
 仕方ない、サボり撤回。行くか。
 俺は雛川先生に促されるようにして理科室へと向かった。