風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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2nd.Discovery 蜃気楼の少年 - 4 -

 教室の前まで来るのと、六限終了のチャイムが鳴るのがほぼ同時。一斉にフロア全体が騒がしくなったようで、生徒や教師が教室から出てくる。
 3-Cの教室に入ると、クラス中、昼休み前の騒動の噂をしていた。あれだよ、手がミイラみたいになっちゃった女の子の。どうやら状況の異質さから、一件は『呪い』というコトで収まってるらしい。噂の中では、の話だけど。
 俺は、それに構わずに、教室に戻っているはずの皆守の姿を探した。これ、返さなきゃなんだけどー…っと、
「あの……」
 教室の入り口から、お声がかかった。この声は七瀬ちゃんですね。振り返ると、やっぱりそこには七瀬ちゃんが立っていた。八千穂ちゃんにでもご用かね?
「こんにちは」
「うっス、どったの?」
「えっと、昼休みに図書室にいらしてくれたそうで……図書委員の子から聞きました。あ!それとすいませんでした。送ったメールのことは気にしないでください」
「そんな、わざわざ来てくれたのか?ありがと」
 七瀬ちゃんの律儀さと健気さにちょっとした感動を覚えながら、もしかしたら學園のことについて聞けるかもと思ったんだ。そしたら、俺が聞くまでもなく七瀬ちゃんの方から、
「そッ、それよりも、ちょっと話をしたいんですが、いいですか?」
「おうよ。俺も聞きたいことがあったんだ丁度いいや」
 入り口だと出入りの邪魔になると思って、七瀬ちゃんを教室に引っ張り込むと、何だか心なし、彼女は頬を染めてお得意のセリフ一発。
「古人曰く―――、『好奇心は力強い知性のもっとも永久的な特性の一つである』
 何事にも好奇心を持ち、その真実を追究しようという姿勢は大切です」
 うーん、俺が色々知りたがってんのは、好奇心ってよりは、単なる仕事とそれに付随する義務なんだけどね。まぁ、いいや。
「実は、書庫に埋もれている古い文献をずっと調べているんですが、やっぱり、この學園には何か隠された秘密があるようなんです。まず、この學園の名前である 《天香》 ―――。この天香という言葉は『古事記』に登場しています。葉佩さんは 《天香山》 というのを知っていますか?」
「名前だけは。百人一首に出てきたり、あとは奈良にんな感じの山があったっけ、程度にだけど」
「天香山は、日本各地で天香久山、天香具山―――単に香具山とも伝えられていますが、古代日本神話において、重要な役割を担っているんです」
 そりゃ、初耳だ。俺ももうちょっと歴史を勉強すべきですかね。《宝探し屋》必須スキルが備わってない気がする今日この頃。七瀬ちゃんは元気に説明を続けてくれてます。
「天香山は、日神である天照大神が天の岩屋戸に閉じこもってしまい、世界が闇に包まれたという天岩屋戸神話に出てくる山の名前です」
「あぁ、で、別の女神が踊って引っ張り出したってヤツだ」
 そんな昔話程度のことなら知ってんだけどなぁ。
「えぇ。天宇受売命ですね」
 こんな風に名前が出てきません。
「例えば―――天香山は、神話だけでなく大和朝廷の祭祀に利用されたとも言われています。『古事記』には神が天香山へ行き、そこで鹿の骨を抜き、榊の木を取って占いをしたという記述がありますが、それだけでなく、山の植土を使って八十平瓮を作り、天神地祇を奉ったと『日本書紀』にも記されていますし……」
「………」
 うわぁー…。こりゃ、もう完全に自分の世界ですね。七瀬ちゃんが何のことを言ってるのか、予備知識がほぼゼロの俺には何が何やら。何だか七瀬ちゃんを遠くに感じます。置いてけぼり。
「そんな重要な名前が付けられたこの學園が、日本の古代史と何も関係がないとは思えないんです」
「そ、そうですねぇ…」
「昔この場所で何かあったか。それとも今でもどこかに何かが眠ったままなのか。葉佩さんならきっと―――、」
 俺なら?それって、どういう意味だろ。…まさか、本当に気付かれてんだろうか。
「あッ……いえ、別に深い意味ではなく、葉佩さんって、何か只者じゃない雰囲気があるっていうか、その……」
 うーんと、個人的にはそっちの方が有り難くないなぁ…。只者ですよ、俺は。
「まッ、まァ、とにかく私も色々調べてみますから。葉佩さんも何か調べたいことがあったら、いつでも図書室に来て下さい。私で良ければ力になりますから」
「ありがと。助かる。俺もちょっとはそういうの、勉強しないとな」
「ふふ、いつでもお手伝いしますよ」
 とりあえず、日本の古代史、それから神話とこの學園は何か関係があるかもしれないってことは分かった。
 天香山。天香學園。繋がりを知るには、まだ俺の知識が全然足りていない。日々是勉強しないといけんですかね。
「あッ、そうだ」
「ん?」
「ひとつ言い忘れてました。《天香山》には神聖な山という以外にもうひとつ意味があることが分かったんです。天香山の 《かくやま》とは《欠く山》。つまり、《あめのかくやま》とは《天を欠く山》という意味があるんです」
 天を、欠く山?それって山としての意味を成してなくねーか?
「普通、山は天に向かってそびえています。それを欠くという事は、天に向かっていないという事。天に向かっていない山なんてあるのかしら?」
 七瀬ちゃん、また自分の世界に入ってしまった模様。
「あッ、ごめんなさい。考え込んでしまって。それじゃ、また」
「おぅ、またな」
 えぇっと、七瀬月魅、熱中すると遠くへ行ってしまう、と。H.A.N.Tにメモメモ。それからさっき聞いた話のこともメモっていると。
 ぞわりとアロマの存在感。腕に持った学ランの存在を思い出して振り返ると、
「おい」
 シャツ一枚の皆守が、相変わらずな感じでそこにいた。
「やっぱり」
「何がやっぱりなんだ?」
「いいえ、何でもないです。それよりこれ…サンキュな」
 畳んだ学ランを手渡すと、皆守はそれを無言で受け取って袖を通した。
「ありがとう、ごめんな。まさかあそこでオチるとは思ってなくてさー」
「よーく、寝てたぜ。寝息に寝言に、」
「げっ」
 寝息はどうでもいいけど……寝言って、何言ってたんだろ。
「で、何でお前は授業に出る気になったんだ?てか、何限から?」
 そりゃ、出てくれてありがたかったけどさ。
「あ?気分だよ、気分。出たのは五限からだ。お前、今までずっと寝てたのか?」
「……みたい」
「本当に不眠症かよ」
 それは本当ですよ?
「それより、寮まで一緒に帰ろうぜ?それとも八千穂と一緒に帰るのか?」
「え?いいよ、お前と帰るよ」
 なんつーの?『一緒に帰る』っていう響きが素晴らしいよな。これぞ学生、みたいな?
「まァ、八千穂はテニス部の練習があるとかで出て行っちまったからな」
「キャプテンだっけ?大変そうだよな」
 俺、面倒だし仕事あるしで帰宅部所属だから、八千穂ちゃんみたいに集団の中で頑張ってるのは真剣に凄いし偉いと思う。協調性が足りないから余計にそう見えるのかもな。いや、表向きはめっちゃ協調性あるけどね、俺。
「ふァ~あ、それじゃ、行こうぜ。何か今日は動き回ってたんでよく眠れそうだ」
 今日は体育はなかったはずだけど?と思ったんだけど、そうじゃない。あの女の子を助けた時のことだ。確かに大活躍だったかもしんないけど、あれで動き回ったってか?まぁ皆守の普段の生活がサボり昼寝アロマのエンドレスだから、言えてるのかもしんないけどな。

*  *  *

 校舎から出ると、遠くで陸上部がグラウンドを走っているのが見えた。それを見た皆守クン、
「陸上部の連中もよくやるぜ。ぐるぐる同じ場所を走り回って何が楽しいんだか。お前もそう思わないか?」
「短距離ならまだしも、長距離は、なぁ…ゴール地点に綺麗なお姉さんが出迎えてくれるんならまだしも、あれじゃやる気になんねーな」
「普通に言え、普通に」
 スイマセン。
「そうだ。寮に帰る前にマミーズでも寄っていくか。さすがに腹が減ってきたしな」
「わーい、皆守とデートだー!」
「普通に言え、普通に」
 スイマセン。
 でもしゃーないじゃん?こういうノリなんだから。
 俺が、遠くの方に見える陸上部の女の子の太腿に目を奪われていると、それとは全く逆の方から声がした。
「やッ、やめろッ!!」
「ん……」
 皆守が後ろを振り返り、俺もついでに見てみると、
「僕に近寄るなッ。あっちへ行けッ!!」
「この声は取手?」
「にしちゃあ、声、でかくねぇか?」
 保健室で会った取手君は、もっと、なんか、ボソボソと喋ってた気がすんだけど。
「《砂》だ…、《黒い砂》だ……。やめろッ、こっちに来るなッ!!やめろぉぉぉッ!!」
「お、おい、あれ、大丈夫なのか?」
 咄嗟に脳裏を過ぎったのは、音楽室で倒れていた女の子。もしかして、取手も?
 という俺の考えは幸いにも外れていたらしく、向こうから取手が駆けてきた。…なんか、フラってるけど、大丈夫なのか?
「はァ…はァ……あ、君は……こんにちは」
「あ、ぁ…こんちは」
 見れば顔面蒼白。
「どうしたんだ、取手?何かあったのか?」
「何がだい?」
「何がって……なぁ」
 さっきの声は尋常じゃない気配だった。俺は皆守に同意して頷く。
「今、慌ててこっちに駆けてきたじゃないか。向こうに誰かいるのか?」
「いいや……誰もいないよ。何でもないんだ」
「でも、顔色悪いぜ?大丈夫か?」
「心配してくれてありがとう…」
 ありがとう、って…。心配ってのは礼を言われるためにするもんじゃないと思うんだけど。俺の考え方は日本ではズレてます?
「大丈夫なら、いいけどな…」
「まァ、お前の事情だ。お前が何でもないっていうならそれでいいさ。俺には関係ないことだしな」
 出ました。皆守クンの必殺『俺には関係ない』。せっかく色々話せるようになってもこの一言でとっても彼が遠くにいるように感じます。怖いですねー。
「あれ?みんなで何してんの?」
 微妙な雰囲気になったところへ、救いの女神だ八千穂ちゃん参上!テニスルック、可愛いなぁ。
「へへへッ」
「八千穂ッ」
 皆守の刺々しい雰囲気までどっかいっちゃう感じがするから不思議だよなー。しかもね、また微妙な取り合わせで、
「こんなところに集まって何をしているんだ?」
 ルイ先生までいたりして。
「カウンセラー…何でお前らが一緒に?」
「玄関で靴を履き替えてたら丁度、ルイ先生に会ったんだ」
 先生、今お帰りですか?てか、放課後でも白衣は着用なんですね。好きだからいいですが。
「授業が終わったら、真っ直ぐ寮に帰った方がいい。どうやらこの學園には化け物が出るらしいからな、フフフッ」
「化け物って、二年生の子を襲ったっていう?」
「――と、生徒たちは噂しているようだな」
 化け物だの、呪いだの。大概この學園もそういうの、好きだね。どこの学校でも、日本では七不思議とかあるらしいけど、ここはちょっと過剰気味。
「ふんッ、化け物だの幽霊だの下らないぜ」
「でも、襲われた子が見たって……」
「どうせ錯覚さ。なぁ、葉佩」
「あんだけ錯乱してるとな、確かに見間違いのような気もすんだけど」
 ただ、普通の人間に手を干涸らびさせるなんて芸当が出来るかって言われたら、疑問だけど。
「それより、お前、部活じゃないのかよ」
「今日は早く上がったんだ~。だってほら、墓地探検に備えていろいろ準備とかあるじゃない?」
 げげっ…マジで行く気かよ…。俺は面倒見れねぇぞ。バディに選ぶのは真っ当な戦闘力があるか、もしくはその土地に精通していて案内のできる、ヘラクレイオンのときのじいさんみたいな人物のどちらかだと決めてる。そうじゃなければ怖くて連れて歩けない。
「本気で行くつもりかよ?」
「あったり前でしょ!こんな面白そうな事、見逃す手はないし。ね~葉佩クン」
「でさー、皆守、今日の夕飯だけど、やっぱりマミーズ…」
「何、無視してんのよッ。ああ、早く暗くならないかな~。あの穴の奥に何があるか考えただけで、楽しみだよね」
「全然。」
 こっちは楽しみでやってるワケじゃない。素人の興味半分で付いてこられるのは……ハッキリ言って迷惑だ。
 その時、ずっと黙りこくっていた取手が口を開いた。
「君たち、墓地に行くつもりなのかい?」
「え……いや…」
「夜の森は暗くて危ないよ。その闇に何が潜んでいるか分からないし……あそこに足を踏み入れるのは止めた方がいい」
「……おぅ」
 行かないわけには、いかないんだけど。それでも取手の物言いが引っ掛かって、俺はとりあえず素直に頷いておいた。
「そう、君のためを思って言っているんだ」
「ありがと、取手クン。心配してくれるのは嬉しいけど――――」
 八千穂ちゃんが言葉を続けられなかったのは、取手が突然呻きだしたせいだ。
「うう……」
「取手クン!?」
「あ…頭が、痛い……」
「おい、大丈夫か!?」
 そう言えば、保健室で会ったときも頭痛が酷いとか言ったよな、こいつ。
「保健室へ行くか?生徒会に鍵を貸してもらえば校内に入れる。ほら、私の肩に手を―――、」
 ルイ先生の羨ましいとも思える申し出を、けれど取手は断った。
「いえ……大丈夫です」
「取手クン、どこか具合でも悪いの?具合が悪くなったらいつでも、遠慮なくあたしたちに言ってよ。保健室に連れて行ってあげるからさ」
 ああ、こんな美少女と美人ふたりに心配されて、取手が羨ましいったらねぇぜ。俺も一回ぶっ倒れてみようかな。
 なのに取手は、
「君たちでは、僕を救う事はできないよ」
「え……?」
 何だか、意味深な発言。一瞬、俺は取手の目の中に、誰かを見た気がした。あ、黒目に映ったとか、そう言う事じゃなくてね。なんていうか、似てる、みたいな。
「僕の事は、ルイ先生がよく知ってるから訊いてみるといい。ルイ先生でさえ僕を救えないんだ。君たちが救える訳がない」
 似てる、けど。まだ、もしかしたら取手の方が救いようはあるかもしれない。だってさ、まだ救われたいと、望んでるんだから。
「取手…」
「構いませんよ、ルイ先生。僕の事を話して貰っても。いや、むしろ知る必要がある。僕が、先生にどんなカウンセリングを受けているか知れば、僕に関わろうなんて思わなくなるだろうから……」
 俺はずっと、自分の中で取手の言葉を否定し続けていた。
 違う、取手は、救ってほしいんだ。何かが取手を縛っていて、そこから救われたがってるんだ。だから、俺たちに知らせようとしているんだ。自分が、今どうなってしまっているかを。
「じゃ、僕はもう行くよ。行かなければならない所があるんだ」
「うッ、うん」
「それじゃ―――」
 俺は、去り際、俺の横をすり抜けようとする取手の腕を掴んでいた。
「何だい?」
「……俺は、まだ間に合うと思う。お前は、まだ」
「…………」
 言葉の意味が分かったのかどうなのか、取手は俺の手の上に自分の手を重ねると、そっと腕から離した。
 その瞬間、ほんの微かにだけど、取手は俺の手を握り替えしてきたんだ。まるで、助けを、求めるかのように。