風云-fengyun-

http://3march.boy.jp/9/

***since 2005/03***

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |

2nd.Discovery 蜃気楼の少年 - 6 -

「葉佩クン~、ちゃんとロープが揺れないように押さえといてよ?」
「うぃ」
 見上げれば、暗がりにヒラヒラと揺れる八千穂ちゃんのスカート。これは見たらまずいと思って、さすがに俺は目を逸らした。
「手を離したら泣いちゃうからッ」
「大丈夫だよー、俺の愛がちゃんと受け止めますからー」
「もう!こんな時に何言ってるのよ、バカッ」
 今は、夜の11時ちょっと過ぎ。墓地に大集合した俺、八千穂ちゃん、皆守は、ロープを使ってあの穴の中に潜入真っ最中なのだ。
 最初、八千穂ちゃんは放課後は険悪だったはずの俺と皆守が一緒に来たのを見て驚いていたけど、俺の「ほとばしらんばかりの愛で仲直りしました♪」といいう一言で呆れながらスルーしてくれました。
「ったく、うるさい女だな。いいから早く降りろッ」
「ちょっと、揺らさないでよ!」
 上からは苛立ったような、それでいて楽しんでいるような皆守の声に続いて、八千穂ちゃんの声が降ってくる。
「下を見るなよ。それから周りは気にするな。じゃないとどっかの誰かさんみたいに真っ逆さまだ」
「うるせーー!!」
 どっかの誰かさんな俺は、上に向かって怒鳴った。すると八千穂ちゃんは、皆守がロープを揺らしたことに加えて、俺の怒鳴り声というコンボが気になったらしく、
「え?ぇ?何のこと、きゃッ、ちょっと!!キャァァァァァ!!」
 降ってきた。
 さすがにヤバいと思って受け止めるが、俺と八千穂ちゃん、身長差は………なもんだから、結構な衝撃だった。
「痛たたたた……ぁ、葉佩クン、大丈夫!?」
「ダイジョーブ。男の子ですから」
 んな会話をしている間に、皆守はさっさと降りてきた。なんともまぁ、身軽なことで。
「へぇ、意外と簡単じゃないか」
 そう言って、俺を見て口元だけで笑う。
「……どーせそんな簡単なこともできないどっかの誰かさんですよ、俺は!」
「怒るなよ、冗談だ」
 何のことだか分からない、という様子の八千穂ちゃんには全く配慮せず、皆守はアロマパイプを銜えると火を付け、大きく息を吐き出した。
「墓地の下に、こんな場所があったとはな……何かの遺跡か何かか?」
「もうッ、皆守クン!!ロープ揺らすなんてヒドイじゃないッ!!落ちて骨でも折ったらどうするのよッ!」
「そうなれば、葉佩が受け止めてくれんだろ?なァ?」
「既に受け止めました。皆守の気持ちがなんとなく分かったっつーの」
 女の子だから、ってのもあるけど、目の前で知り合いが怪我をするかもしれないと咄嗟に手を出すその気持ち。結局は、皆守だって優しいんだいッ。
「さてっと。それじゃ、わざわざロープまで使って降りてきたんだ。取手の過去とこの墓がどういう関わりを持つのか調べるとしようぜ」
「っと、一応、俺、武器持ちなんで、先頭行くけどよろしおすか?」
「いいよー」
 八千穂ちゃん、元気なお返事。まるで気分はピクニック。
「八千穂、葉佩の傍を、離れるなよ? この雰囲気だ。どんな罠や化け物が待ち構えていても不思議じゃない」
「うッ、うんッ、分かった。念のため、テニスラケットを持ってきて良かったわ」
 そう言えば、ずっと手に握られていたラケット。まさか、とは思いますが…
「お前、そのラケットで戦うつもりかよ?」
「もちろんじゃないッ。このあたしのスマッシュで―――」
 や、やっぱり…。八千穂ちゃんのラケットがものすごい勢いで空を切る。きっと試合では物凄いスマッシュなんだろうね。試合、では。
「さッ、張り切っていきましょッ」
「やっぱり、来るんじゃなかったぜ……」
「同感。」
 さっき俺を先頭に、と言ったはずなのに、八千穂ちゃんはフロアの中央に向かって意気揚々と歩き出していた。呑気に見ていた俺だが、中央から立ち上る、何か煙のようなものを見つけて、八千穂ちゃんの腕を引いた。
「ストップ。そこ……何だ?」
 煙、と言うよりは光だ。その下では丸い何かのモチーフのような物が光っていた。見れば、全体が円形状の大きな台座があり、光っているのはその一部のようだった。
「指しているのは北、か…」
「すごーい!何で分かるの?」
「……降りてきた場所を考えれば、方角くらい普通は分かるだろ」
 皆守ったら頭抱えてる。状態変化、頭痛ですか?
「てことは、今来たとこにあった扉か」
 開いてるかなー、っと、後ろの二人を確認しながら扉に向かうと、H.A.N.Tが反応。開閉可能ということは、カモンということ。
「と、いうわけで、入れるっぽいから入りますが、何があるか分かんないから気を付けましょう!」
「はぁ~い!」
「皆守クン、返事は?」
「……シバくぞ?」
 おお、怖。そんなに怒んなくてもいいじゃん。
 ここでこれ以上何を言い合っても仕方ないから、俺は目の前の扉を慎重に開けた。中に何がいてもいいように警戒態勢のまま中に入ってみたけど、とりあえず敵影は無し。
「大丈夫だよー」
 振り返ると、八千穂ちゃんは、もう先に進みたくてしょうがないという感じ。そりゃ、普段の生活じゃこんなトコ来ないもんなぁ。興奮して当たり前か。
「葉佩クン、あそこ……蝶?」
 八千穂ちゃんが指差した先には、場違いにふわふわ飛び回る蝶と、その下には、
「紙切れ?」
 八千穂ちゃんと一緒に覗き込んだけど、薄暗くて見にくいから、こりゃH.A.N.Tで撮影後、取り込み。
「読もうか?」
「読め」
「ハイ。」
 内容は、この遺跡に、先に入った人がいると言うこと。江見睡院って人で、どうやらここまでの扉が開いていたのはこの人が七日間も掛けて侵入した証、らしいこと。それから最後に、
「もし―――、もし、私に何かがあり、この遺跡の謎が闇に葬られないように、そして、継続の同業者のためにこのメモを残す事にする、だってさ」
「もしって、どういうことだろうね?」
「死んだらって事だろ」
 うわー、直球。オブラートとかって言葉を知らんのかね、こいつは。
「ま、俺たちはそんな奥まで行ったりする必要はないんだし、大丈夫でしょ」
「行かないの?」
「だって取手の防衛規制に関する鍵を見つけりゃいーんだろ?」
「そうだけど……」
 行くところまで行きたい、って目ですねぇ。でもダメよーん。
「さ、次行きましょか」
 結局その部屋には他に何もなくて、次の区画への扉は開閉可能になっていたため、そっちを開ける。
 部屋の入り口から先は通路になっていて、一体どこまで続いているのか先は確認できない。通路の両端には同じような形の土偶が連続等間隔で続いていく。
 H.A.N.Tはそれを、《男神の土偶》と《女神の土偶》だと告げる。そう言えば左側にと右側で微妙に形が異なってる気がする。それが、五つ。
「おい、ここの奴だけ何か違うぜ」
 通路の最後、右側に置かれた土偶の頭が欠けてることに気付いたのは皆守だった。
「ホーントだ。さすが皆守、目敏い」
「目敏いって褒め言葉か?」
「さぁねん」
 H.A.N.Tで確認すると、この欠けた部分を修復するには粘土が必要らしい。
「粘土、だって。誰か持ってる?」
「持ってるわけねぇだろ」
「だよねー」
 とりあえずそのままにして、通路の先にある広間に出た。ふたつの扉があったが、どちらも開閉不可能。
「ふむ」
「どうしたの?」
 考え込んだ俺の顔を、八千穂ちゃんが覗き込んでくる。
「先に進む道が無くってさ。やっぱ、あの土偶を修復しないとかもな」
「土偶を直すと先に進めるの?」
「ギミックってヤツ。映画とかであるっしょ?像を動かしたり壁のレリーフを合わせると遺跡の罠が解除されるって」
「映画の中の話だろ、そりゃ」
 違うんだなー、これが。ヘラクレイオンでもそうだったし。あつらえたように、部屋の中央には宝箱と宝壺があるしね。
 他に何か無いかと部屋をぐるりと周ってみると、ある箇所でH.A.N.Tが反応した。不連続な反響音を確認、だって。ひび割れた壁、って事は。
「ちょっち、下がってて」
 壁に、パルスHGを投げつけると、ビンゴ!穴が開いた。中は小部屋になっていて宝壺があった、けど、扉はない。
 その時、広間から八千穂ちゃんの声がした。
「葉佩クン!粘土があったよ!!」
 ……宝箱を、開けた!?
 急いで小部屋を飛び出して、粘土を持って駆け寄ってきた八千穂ちゃんの手を掴むのと、罠の作動はほぼ同時だった。
 立て掛けられた棺の蓋が次々へと開いていき、中から現れたのは、
「な、何あれ!!」
「人間、なワケないよな…」
 人間だったらちょっと困る。いや、大分困る。嫌なこと思い出しちゃうじゃねーかッ。
「二人とも!!」
 俺は咄嗟に二人の腕を乱暴に掴み、さっき開けた壁の穴に押し込んだ。あまり広くない小部屋に急に押し込められ、
「痛ッてぇ…」
「葉佩クン!!」
 二人は何やら喚いてるけど、とりあえず無視。
 あれは、人型をしているだけで人間じゃない。いける。俺は一呼吸置いた後、飛び出した。
 敵は三体。どれも同じ型だ。俺は壁の前から遮蔽物となる宝箱の横へと移動して、低い姿勢からサブマシンガンをショット。とりあえず目に付いた頭部に当てるが、あまり効果はないらしい。弱点は別の場所だ。
「大丈夫!?」
「出てくるなッ!」
 一歩踏み出した八千穂ちゃんに怒声を飛ばして(ごめんね)、俺は相手が動くのを見て宝箱の前面へと移動した。一体、二体と緩慢に動いているのを目の端で確認し、今だと思ったタイミングで飛び出そうとしたが。
 いつの間に移動していたのか、三体目がすぐそこに来ていたことに、俺は気付いていなかった。そいつは手に巻いていたのか何なのか、包帯状の物を飛してきやがった。
「くッ……!!」
 間一髪、包帯は顔の横を掠めていった。頬に血が滲むのを感じながら、後ろに下がりつつ射撃。移動射撃で上手く狙いが定まらなかったが、逆にそれが幸いした。
 足下に飛んでいった一発は、確実に人型化け物の体力を削った。続けて数発、足下に向かって撃った。手に残る確実なリコイル。これで一体撃破、次!
 見れば残った二体は、中央に置かれた宝箱の両脇に分かれるようにゆっくりと歩いてきた。どっちを先に仕留めるか、考えるまでもない。二人を押し込めた壁に近いほうに決まってる。
 一発、二発、三、四!撃破したものの、方向をもう一体に向けたとき、すぐそこまで相手は迫っていた。一撃を覚悟して、少しでも衝撃を軽減させようとMP5を前面に構えた、その時だった。
「あァ、眠ぃ…」
 場違いに怠げな声と共に、ふわりと身体が浮遊する感覚。何だ?と思ったときには、俺の身体から大分ズレた所に相手の攻撃が当たっていた。
 回避、した?
 でも、何で?だとか、そんな事を考えている場合ではない。再度MP5を構えると、足下に連射した。あと一発で斃せる、そう直感したときには、怒鳴っていた。
「八千穂ちゃん!!トドメ頼む!!」
「よぉーしッ!いっくよぉー!」
 さすがはテニス部エース。的確に叩き込まれたショットは……冗談ではなくかなりの威力だった。最後の一体のカァが抜けて、どこかへと霧散していくのを見届け、俺はやっと身体から力を抜いた……直後に振り返る。
「…お疲れ」
「おわぁぁ!!」
 一度ならずも二度までも!!
 俺が、覚悟した一撃を回避できたのは、皆守が引きずってくれたからだと今更気が付いた。眠いとか怠いとか?後ろで聞こえてたのはそのせいか。
「ご、ごめん…」
「ったく、一人で突っ込んでいってこれじゃあザマぁねぇな」
「スンマセン」
 また、猫みたいに持ち上げられた。身長の関係でどうやら一番掴みやすいんだろうと推測される。別に皆守が目立ってバカでかいワケじゃないだろうにこれなんだから、凹むよなぁ…。
 乱暴に襟首を突き放され、前のめりになったところを八千穂ちゃんが支えてくれた。
「葉佩クン、大丈夫?」
「あー、全然平気。へっちゃらです!あ、さっきはゴメン、最後の最後で弾切れしちゃってさ。八千穂ちゃんがいてくれて良かった。助かった」
「それは、いいけど…ねぇ、ほっぺ怪我してる!」
 ひりひりと痛む頬を手の甲で擦ろうとしたとき、八千穂ちゃんの手がそれを止める。俺の手を握ったまま、制服のポケットから何かを取り出すと、
「ちょっと、動かないでね」
「へ?ぁ、ちょっと、いいって!」
 八千穂ちゃんが取りだしたのは絆創膏。これくらいの怪我なら大丈夫だと、言おうとしたときにはもう、頬を押さえつけられて至近距離。近い近い!
 どアップに加えて、女の子特有のなんつーか、イイ匂いがして、動けなくなってしまった。
「そうそう、大人しくしてて、……っと。ハイ、これでよーし!」
「あ、ありがと」
 八千穂ちゃんが触れた頬が妙に熱い。あー、今顔赤いんだろうな、格好悪ぃ…。
 俺はなんだか居たたまれなくなってすぐに八千穂ちゃんに背を向けると、今度はキツめの皆守の視線とぶつかった。何だ?不機嫌?
 とりあえず何も言われなかったから、そのまま粘土を持って皆守の指摘した像の前に立った。
「誰か、美術得意な人ッ!」
 返事なし!俺がやるしかねぇのかぁ?発想力、創造力、共にゼロですが。
 仕方なく粘土をこねて像の欠けた部分を補填してみようと、努力はしたものの。
「う゛~…」
「角か、これは?」
「俺は美術が苦手なんだよ!!」
 どこからかブブーッとか音が聞こえてきそう。だってできないもんはしょうがないだろ!!
「しょーがないな!あたしがやるよ!」
「お願いします、先生」
 こんな事すら出来ない《宝探し屋》って、どうよ?ホント、スキル足らずで申し訳ない。
 腕まくりをしてやる気満々の八千穂ちゃんに場所を譲って広間の方に出ると、突然皆守に腕を引っ張られた。
「おぅ?」
「今の化け物……何で八千穂にやらせた?」
 何でそう、あんたは変な所に気が付くんですかね!?洞察力ありすぎ。
「弾切れしたワケじゃなかったんだろう。付いてきた八千穂に何かさせてやりたかったか?それとも連帯感でも出したかったか?」
 皆守の口元が皮肉げに歪む。確実に皮肉だと分かったのは、その後に「大したリーダーシップだな」と続いたから。不機嫌だった理由はそこか…。
 でも、うーん、そんなすごい事じゃないよ?そこまで考えられるほど、俺、頭回んないし。
「もし、さ。この先、俺が死んだとしても、戦えれば生き残れる可能性があるだろ?」
「………お前、」
「俺は、もし八千穂ちゃんとお前に何かあったとしても、一人だけで地上に戻れる可能性が高いっショ?」
 それだけの理由だよ。あの化人とかいう化け物を倒すことに慣れておけば、それだけで戦うことに抵抗がなくなるだろ。そうすれば、色んな可能性の中で、生き残れる道を選べるかもしれないんだ。そういうこと。
 俺には何かをまとめるとか、そんな素敵な協調性は備わってないんです。ごめんね。
「葉佩クン、ね!こでいいかな!」
 八千穂ちゃんの明るい声と共に、重たい物が動くような音と、伴う解錠音。八千穂ちゃん、素敵です。
「じゃーん!こんなんなりました!」
 得意げに完成品を見せてくれた、が。……ま、まぁ、俺のよりは、マシ、かな。
「なんとかの背比べ」
「皆守!!」
「とにかく、これでいいんだろ。行くぞ」
 俺にも増して欠落している協調性。スキル『強引にマイウェイ』と呼ぼう。
 開いたのは最奥の扉。その脇にあった紙切れをまた撮影して、広間、小部屋の両宝箱からアイテムを回収すると、扉を開けた。
「あ、八千穂ちゃん、これからはあんまりむやみに宝箱開けないように頼むぜィ」
「ごめんねぇ…」
「そんなに気にしなくてもいいけどさ」
 扉の先はまた通路で、敵影は無し、と思ってたんだけど、抜けた瞬間にトラップ発動。
 現れたのはさっきの人型のが二体、それから二等身か?って突っ込みたくなるような頭と体のバランスが悪い、白っぽいヤツが一体。頭に水槽乗っけてやがる。
 後ろには二人が。俺は迂闊に通路の出口から移動することが出来なかった。けど、MP5の射程じゃどいつにも届かない。引きつけて片付けるには、三体という数は多すぎる。
「は、葉佩クン!!」
「ここから動くなよッ!」
 飛び出すしかなかった。水槽野郎は遮蔽物の向こう。通路に辿り着くには時間が掛かると見た。
 人型の弱点は分かってる。足下に銃弾を散らして、一体撃破。振り向き様に連射して ……弾切れッ!?
 今度はマジで。
 迂闊だったと悔やみながら、それでも急いで空のマガジンを捨てて換えを充填した。
 八千穂ちゃんが動くのが見えたのはその時だった。通路から飛び出して、
「いっくよぉッ!」
 スマッシュ一撃、人型を撃破した八千穂ちゃんに、襲いかかったのは水槽野郎。祈るように合わせていた両手を大きく広げて、何か、目に見えない衝撃波を撃った。
「八千穂ッ!!」
 ちゃんを付けることも忘れて叫んでいた俺は、次の瞬間攻撃を受けるであろう八千穂ちゃんを思った。彼女が倒れる姿とか、血を流す姿とか、色んなことが過去のことと同調してフラッシュバックして。
「避けろ――――ッ!?」
 俺の声よりも早く、今度は皆守が飛び出していて、八千穂ちゃんの首をヘッドロック掛けるように掴むと、ゆらりゆらりと、まるで居眠りのように船を漕ぐ。そのまま衝撃波を、完全にかわしきってしまった。
 俺は驚きたかったんだけど、そんなことをしてる暇はなくて、銃口を水槽野郎の頭上に向け、弾丸を撃ちっぱなしにした。
 丁度そこが弱点だったようで、水槽野郎は不気味な呻き声をあげながら、消えた。
「ちょ、ちょっと!皆守クン痛い痛い!!苦しぃーー!」
「ん?あぁ、悪い」
 しっかり締まっている八千穂ちゃんの首を、ようやく皆守が解放した。八千穂ちゃんはラケットで皆守の背を叩いている。
 二人とも、無事だ……。
 俺は二人の姿を目から外せないまま、無言で近付いた。
「ったく、葉佩が出るなっつったろうが」
「だって、あのままじゃ葉佩クンがまた!」
 そう言って俺を見た八千穂ちゃんは、いつもと変わらない様子で。俺は落ち着くように自分に言い聞かせた。
「八千穂ちゃん……ケ、ガは?」
 不自然に声が震えていることが、伝わったのだろうか。八千穂ちゃんの顔が曇る。
「あたしは大丈夫だよ?ね、葉佩クン、大丈夫?顔が、真っ青だよ?」
「俺よりそっちは!?二人とも、何ともないか?」
「これが怪我してるように見えるか?」
 そう言って八千穂ちゃんを指差す皆守も、やっぱり俺を見て不審げな顔をしている。……こいつに対しては前科があるからな。落ち着け、俺。
「大丈夫なら良かった……もう、無理はすんなよ?」
「でも、そしたら葉佩クンがね…」
「ヘーキ。俺は、慣れてるから大丈夫なんだよん」
 不安げな八千穂ちゃんの肩を叩くと、俺はそのまま通路になっている坂を上って扉の状態を確認すると、やっぱり開けることはできない感じ。
 ふと、扉に当てた自分の手を見ると、やっぱり震えてる。戦闘のせいじゃないのは自分でも分かってた。二人を、危険に曝したせいだ。
 俺はその場所から下に飛び降り、
「ダメ、開いてない」
「またギミックとやらか?」
「だぁね」
 見れば、部屋には怪しげな錘が下がっているし、舵取りのようなハンドルまで付いている。試しに動かしてみると、おや、錘が動くじゃん。
「二人とも、離れててねー」
 グルグルと変化があるまで回し続けると、錘は上部通路に激突し、そして、
「きゃあ~、ビックリしたぁ~!!」
「……床が崩れちまったな」
 あいやー、もしかして、失敗?
 慌てて錘の側に近寄ると、そこにはぽっかりと、大穴が。さっきの衝撃で開いたらしい。下に降りるためのハシゴなんかも付いてた。行けということですな。
「ちょっと行ってくるから、待っててね」
「いってらっしゃ~い」
「落ちるなよ」
「……ハイ。」
 言われたとおり落ちないようにハシゴを伝って降りると、降りた先にはさっきの壁の先にあったような小部屋があって、そこには蛇をモチーフにしたスイッチが。これはヘラクレイオンの遺跡で見た。首を象られた柄を握って降ろすと、ほい、解錠。
 ハシゴを登って大部屋に戻ると、下の部屋ではあまり感じなかったラベンダーの匂いが鼻をくすぐる。
「俺、鼻がバカになってるらしい…」
「何か言ったか?」
「イエ、何にも」
 睨む皆守の横を素通って、見上げれば、もう八千穂ちゃんは坂を登って扉の前にいた。追いついて、扉を開ける。
 先の区画には、またも何もいなかった。その代わりに、部屋の隅に飛ぶ蝶を八千穂ちゃんが見つけた。
「あそこ!また蝶々がいる」
「紙切れも、だな」
 皆守が拾い上げた紙を三人で覗き込んだ。けど、やっぱり見にくいからH.A.N.Tで撮影することになりやんした。
 そこには、ちょっと、背筋がぞわりとくるようなことが書かれていた。
 まず、さっき俺たちを襲ってきた化け物、これを化人…ケヒトと江見さんが呼んでいたこと。それから、前にも侵入者がいたらしいと言うこと。一番怖かったのが、化人は、人を食う可能性があるということ。
「……戻ろうか?」
 得体の知れない化け物に八千穂ちゃんを捕食されるわけにはいかない。振り返って声を掛けると、けれど彼女は気丈だった。
「ここまで来て、何言ってんの!?もしかしたらこの先に、取手クンを助ける何かがあるかもしれないんだから、行こう、そこまで」
 ……正直言えば、二人を護りきる自信がなかった。やっぱり一人で来た方が良かったかと思っていたのだ。
 けれど八千穂ちゃんが行くというのなら、死んでも護りきらなければなるまい。俺だって、男の子だもんよ。
「無理は、しねーぞ」
「分かってます、隊長!」
 似合わない敬礼。でも、八千穂ちゃんが冗談でも、ふざけているわけでもないことは、目を見れば分かる。
 皆守の呆れたようなため息を聞きながら、先へ進み、部屋を抜けると、何やら足場の途切れ途切れになっている場所が広がっていた。ゴーグルを暗視用に切り替えても向こう側は見えない。
 しかも下は、底抜けに暗い。落ちるのだけは勘弁ね、ってな感じ。
「慎重に、行きましょうかね」
 俺は、視界に入っている、二つ向こうの足場に飛び移った。そこから周りを見ると、
「ね、右の方に何かあるよ?」
「だな。あれは…スイッチ?」
 さっき見た、蛇型スイッチが少し先に見える。
 そこまで行こうと、俺は……足場がないのも忘れて、一歩、踏み出してしまっていた。
「ぅ、わッ!!」
 がくりと、身体が傾く感覚。体勢を立て直そうとするけど―――間に合わない。落下に向かっていく体を止めることはできなかった。
 せめてものつもりで、身体を反転させて、咄嗟に目に入った皆守に、銃を投げ渡そうとした瞬間、
「バカ野郎!!」
 腕を掴まれて、吊られる。けど、皆守もいきなりのことで体勢が安定してなくて、そのままバランスを崩した。
「バカ、離せ!!」
 なんとか皆守を押し戻そうとしたけど、もう、落下に巻き込み始めていた。更に悪いことに、その皆守を助けようとした八千穂ちゃんまで勢いで…
「きゃァァァァッ!!」
 全員揃って、底のない暗闇へと落ちていった。