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2nd.Discovery 蜃気楼の少年 - 8 -
扉の先は、ただ延々と闇が続いているかのようだった。
今までも薄暗かったけど、その数段の濃さの、暗さ。けどその闇を震わすかのように何かの気配があって、化人かと、俺は銃を構えた。
「ううッ……」
「葉佩クン、人が…」
「《墓》から出て行け…」
聴力の優れている俺が、そうそう人の声を聞き違えるはずもない。
暗闇から浮き出るように現れた人物は、覆面をしていたけれど、あれは。
「その声、どこかで……」
「取手だ…」
そう呟いたのは、俺か皆守か。どちらにしろ、その声が取手の声だと言うことは明白だった。
「え……ッ?」
「………」
覆面に、割れた腹筋が見えてるへそ出しの格好の取手は、無言のまま動かない。おいおい、その面白い格好、マジなのかよ。
「取手クンッ。どうしてキミがこんなところに……それに、その格好は?」
「この《墓》を侵す者を処分する―――それが《生徒会執行委員》たる僕の役目」
なぁる……そういうこと。
「執行委員って、まさか、取手クンが?」
一歩、前に出ようとした八千穂ちゃんの腕を掴んで止めた。もしかしたら俺たちは、誘き出されたのかもしれないのだから。迂闊に動くのは危険だ。
けれど八千穂ちゃんは、首を振って、俺の手を振り払った。
「あたしたちはキミを助けるためにこの墓地の地下に―――」
「僕を助けに?」
「そうだよッ。キミが苦しんでいるのはこの墓地が何か関係しているはずだ―――って、そうルイ先生が言ってたから……」
八千穂ちゃんは、必死に訴えかけたけど、それに返す取手の言葉は端的で―――冷たかった。
「だから?」
「え……?」
「君たちが、僕の魂を救ってくれるとでもいうのかい?この呪われた學園から救い出してくれるとでも?」
呪われた學園。今日一日だけでも大分聞いたような言葉だ。その『呪い』の部分の何かが分からないから、こうして俺はここに来ている。謎を知るため……そして、取手を手遅れになる前に、引っ張り出すために。
「何で、そんな悲しそうな顔をするんだい?それは僕に対する憐れみだと?」
「憐憫ごときでここまで来れるかってんだ。こっちは必死で辿り着いたんだ。首根っこひっつかんででも、引っ張り上げてやる」
「そうだよ、取手クン、今からでも遅くないよ。あたし達と一緒にここから出て―――、」
力む八千穂ちゃんの熱気に押されたのか、ふらり、取手は後ずさる。
「……もう手遅れだよ」
「え……」
「僕は僕の大切な宝を差し出しそれと引き替えに、《呪われし力》を授かった。この―――神の両手を」
くだらない、ふざけんな、だ。
力なんて、無ければ無い方がいい。それなのに、大切なものと引き替えにするなんて馬鹿げてる、あり得ない。しかも神の両手だ?頭が悪いにも程があるってんだ。
「僕の力は、この両手から相手の精気を奪い取ることができる。そう―――まるで、砂漠の砂が水を吸い取るように」
けったいな能力だこと。そんなもん貰って嬉しいってんだからどうかしてる。
苛立たしい、腹立たしい、それは全部………あいつがいつぞやの誰かさんにそっくりだからだ。
力を持てば、全てが解決するような錯覚に囚われて、
『《呪われし力》を授かった』
救われたがってるのにその手を振り払って、
『…もう手遅れだよ』
あと少しで、落下した最後の地面に激突する、粉々になる、直前。
でも、まだ。
「そんな事…」
「音楽室に倒れていた女子はお前の仕業か?」
そう言う皆守の口調に、非難めいたものは感じられない。まるで事実の確認だ。
返す取手も、悪気なんてどこにも見あたらない感じ。
「そうだよ。彼女が悪いんだよ。あんなに綺麗な指をしているから……姉さんが言ったんだ。あの子の指が欲しい―――って」
見えないはずのものが、取手には見える。それは幽霊なんかじゃない。取手が自分を護ろうと心を封じ込めた、防衛規制の賜物だ。偽りの真実は、取手の中では全て本当のコト。
「取手クン、ダメだよ、そんなことしちゃッ!!そんな、人を傷つけるような…」
「僕は、この《力》を授かった時に、心を解放された。今はとても清々しい気分なんだ」
「ウソこけ」
あー、自分の声ながらなんて温度のない声なんでしょ。取手が、あんまりに誰かさんに似ているから、思わず。
「なら、頭痛は何だ?お前は何で苦しいんだ?その原因から、逃げるだけしかできないヤツに、力を持つ資格はねーよ」
吐き捨てるように言った俺の言葉を、八千穂ちゃんが引き継ぐ。
「ね、取手クン!キミは、自分の心だけじゃない、お姉さんの温もりだとか微笑みだとかッ!そういうものを、失くしてしまったんじゃない?他にもあった大切なもの…。キミはそれが自分にとってかけがえのない宝だって分かってる。だから、キミはそんなに―――そんなに、苦しんでいるんじゃないの? 取手クンッ」
取手の身体が、不自然に揺れる。それは、震えていると言ってもいいかもしれない反応。
「取手クンッ!!」
八千穂ちゃんの呼びかけに、とうとう取手は喉の奥から笑いを漏らし始めた。
「何をいってるんだ? 姉さんは、死んでないよ」
「え?」
「姉さんは、いつだって、僕を見守ってくれている」
『いつだって ぼくを みまもっていてくれている』
なぁ、取手、知ってっか?いつでも、オールウェイズ、どんなときでもお前を見守れるって離れ業は、死んだ人間にしかできねーんだよ。
「…もう戻れないんだよ。もう戻れないんだ。風がどんな音を立ててそよいでいるのか、水がどんな音を立ててせせらいでいるのか、今の僕には、もう何の旋律も聴こえない。……全て、あの日に失ってしまった」
違う。『まだ』だ、『もう』じゃない、まだだ。まだ、聞こえてるはずなんだ。聞こえないのは、お前が、耳塞いでるからだろ?
「取手、その手は、人を傷つけるためのもんじゃないって、分かってんだろ?『そっち』には行くな。そこには、何にもない」
「無駄話は終わりだよ。ここが君たちの墓になる。安らかに眠るがいい―――」
聞く耳持ちません、てか?
問答無用で戦闘区画の展開が始まった。どこからか蝙蝠共が俺たちと取手の間に飛んでくる。しかも取手には攻撃を仕掛けない。こりゃ本当に、取手が《墓守》ってコトだな。
かといって、ここで殺られるわけにもいかない。
俺は二人を後ろ手に後退し、蝙蝠と間合いを取る。
「八千穂ちゃん、ゴメン、少し頑張ってもらうかもしんねーけど、いい?」
「うん。……大丈夫」
強いね、八千穂ちゃん。普通ならビビって逃げてるよ?
「皆守も、八千穂ちゃん頼むな」
「ついでにお前も頼まれてやろうか」
「……そうならんように頑張ります」
俺は、一体何をしようとしてるのか。ここに取手を殺しにきたんじゃないって事は、自分でも分かってる。民間人に銃を向けるというのは、本当は有り得てはならないことだ。
でも、俺は。
「左右に展開する。八千穂ちゃん、皆守と一緒に右に回って蝙蝠の掃討ヨロシク!」
八千穂ちゃんが駆けていく音を聞いて、俺は左手に回った。取手の注意は、案の定こちらに向く。蝙蝠を側面から移動射撃で撃ち落としながら、少しずつ取手との距離を詰める。目の端で捕らえた八千穂ちゃんは、しっかり距離を取って、あの必殺スマッシュで確実に蝙蝠を落としていた。敵数が減れば減るほど、こちらの安全領域は増えるというもの。
おっと、よそ見していた俺の元に蝙蝠が一匹寄ってくる。攻撃をもらうが、そう大した威力ではなかったんだ。単体、では。
蝙蝠を撃ち落とした俺は、そのすぐ後ろにまで、何の気配もなく迫っていた取手に気が付かなかった。
取手は神の両手、とやらを大きく開いて、背筋がぞっとするような、耳の奥が麻痺するような音の攻撃を、飛ばしてきた。
まともに食らった俺は、数メートル吹っ飛ばされて、背中から壁に叩き付けられた。見えない攻撃だと?避けようが、ねぇじゃねーか!!
慌てて立ち上がろうとして、上手く身体が動かないことに気付く。全身をワケの分からない悪寒が走り抜けていて、何か支えがなければまともに立つこともできない有様。残った蝙蝠を片付けようとサイトポインタを合わせようとしても、一発撃つ毎に手が震えてブレちまう。
な、何なんだ、コレ!?まさか、さっきの取手の攻撃のせいか?
「ク、ッソ……」
悪態を付きながら、なんとか一発ごとに照準を合わせ直すが、フルオートが売りのサブマシンガンの特性を完全に殺すことになってしまう。連射性のないサブマシンガンほど使いにくいもんはねぇ!
撃っているうちに蝙蝠に近付かれて、連射をしようにもポイントはズレる。蝙蝠が牙を剥く、俺が構える、後ろからはラベンダー。抱え込まれて、回避。――――皆守だ。
「一旦退くぞ」
蝙蝠を撃破してから、俺は皆守に襟元を掴まれたまま後退した。その間も、身体はガタガタ震えたまま。さすがにおかしいと思ったのか、皆守が俺の肩を揺する。
「大丈夫か?お前、震えが、」
「だい、じょうぶ……寒い、だけ」
歯の根が合わねぇ。もう指の先も冷たくて、たぶん標準が合わないのは震えだけじゃなくて指先の感覚がないからなんだと思う。皆守が、自分の学ランを掛けてくれたことで少しは悪寒が薄らいだものの、戦闘はハッキリいって難しい感じ。
そんでも、ここでへたってるワケにはいかんのよね、俺。あんだけ偉そうに啖呵きったんだ。取手の所に辿り着けずに逃げるなんてのは、ちょっとゴメン。
フラって、でも立ち上がった俺の側に八千穂ちゃんが駆けてきた。どうやら、無傷で無事。いや、良かった。
「葉佩クン、大丈夫!!?」
「ん?…へー、キ……」
どんどんと下降していく体温が、どうも俺からカッコつけスキルまで低下させている模様。
ほんだら八千穂ちゃんたら俺の手を握って、はぁー、っと息を吐きかけてくれた。ちりちりと、血の巡りが戻ってくる感覚。あー、もう!
「あたしには、これくらいしかできないけど…」
「あ、ありがと…でも、大丈夫」
寒いくらいで文句言ってたら仕事になんねーってハナシ。
まだ背筋はぞわぞわいってるけど、気にならないと自分に言い聞かせて、近付いてきた取手に向かって、駆けだした。
てめぇ、マジ、シバく。
再度、腕が伸ばされるが、今度は攻撃範囲外に横飛びで逃げる。見えなかろうが何だろうが、二度は食らわない。着地したその足で跳び上がると、取手の頭部側面、つまり耳の辺りに飛び膝蹴りを喰らわせた。取手のマスクが剥げて、素顔が剥き出しになる。
もんどり打って転がった取手に、俺は。
「てめぇの大事にしてた姉ちゃんが、お前にさせたかったのは、人を傷つけることか!?そんな事しか望まないマッドな姉ちゃんだったんかよ!?」
「やめろッ!!姉さんを悪く言うな!」
「貶めてんのは、お前だろうがッ!!」
視線がぶつかる。大切なものへの冒涜に対する憤りと、それよりももっと奥で揺らぎ続ける哀しみの色。やっと、俺を見やがった、この野郎。そうだ。そのまま、俺から目を逸らせんな。
遠くの方で、八千穂ちゃんが叫ぶ声と、皆守が俺を呼ぶ声が聞こえる。けれど俺は、それすら感覚外のこととして認識する。
取手は俺の言葉に、耳を塞ごうとした。させるか。させて、たまるか。まだ聞こえてるんだ、俺の声が。
「戻ってこい、戻ってきやがれ!!」
びくり、と。身体の下の体温が揺れる。
「俺の声が聞こえてんだろ!?ホントは、全部、耳塞がなきゃ聞こえんだよ!!お前が自分で勝手に耳塞いでんだろ!!」
「うぅ……ぁ…ち、力が…」
「取手!!」
突然、物凄い力で吹き飛ばされた。俺の左脇腹にクリーンヒットしたのは、《呪われた力》を与えられた取手の腕。
瞬時に、身体状況の把握。肋骨の損傷はなし、内臓系統にも異常なし。戦闘の続行、可能。
「はかに…ちから…しんにゅうするもの」
拙く言葉を口にしながら、取手は必死に首を振っていた。
「……はいじょ…くろい、すな…」
自分に関する単語を取り留めなく垂れ流しながら、それでも、消え入りそうな声で取手が呼んだから。
『……ねえさん…』
だから、まだ間に合うって、思ったんだ。
俺は取手に、銃を、向けた。
人を撃つ、久しぶりの感覚。けれど今撃つのは取手じゃない、取手から思い出を奪った《呪われた力》を消し去るんだ。そう無理矢理自分に納得させて、引き金を引いた。引き続けた。
取手は、《呪われた力》のせいか銃弾にもしばらくは耐え続けた。流血すらない。けど、取手を縛り付けてんのも、きっとこの力だ。だったら一度、ゼロに、するしかねぇだろ?荒っぽいかもしんねーけど、俺には、それしかできないんだ。ごめんな。
気が付いたときには取手の絶叫が聞こえて、まだ生きてる、と考える間もなくヤツの身体からは黒い砂状の物体が立ち上ってた。
「なッ、何!?あの黒い砂…、壁に吸い込まれていくよ!」
「おそらく、これが取手に取り憑いて呪いをかけていた奴だ。気を付けろ、今度は俺たちを狙ってくるぞッ!!」
皆守の、言葉通りだった。砂はまるで意思ある者のように蠢いて、出来上がったのは、四つん這いの化け物だった。ハッキリいって、キモい。ヤバい。まだヘラクレイオンのワン公のがマシだった。
H.A.N.Tが危険だと告げる。ンな事、分かってらい!!
一緒に出てきた蜘蛛のような化人を八千穂ちゃんが片付けてくれたおかげで、敵将から距離を取ることができる。俺は急いで取手の身体を抱えると、引きずるように部屋の隅に横にした。
それから前面に押し寄せてくる蜘蛛の群れにガスHGを投げて殲滅させると、墓守に向かって標準を合わせた。どこが弱点だ?いくつか撃ってみて、どうやらふたつある顔の内、目を閉じたでかい方の顔だと見抜いた。
と、そこで弾切れ。マガジンを取り替えるより退避だと思って下がったけど、そこに攻撃が飛んでくる。避けようと身をよじった俺の前に立ちはだかったのは―――八千穂ちゃん!?
「八千穂ちゃん!!」
「えーいッ!」
うわぁ…なんと八千穂ちゃん、墓守の攻撃をラケットで跳ね返しちゃったよ。強。
時間稼ぎをしてもらった俺は、マガジンを取り替えて、全弾発射のつもりで有りっ丈、全部、何もかも。墓守に向かって、撃ちっぱなしにした――――。
『安全領域に入りました』
H.A.N.Tの声で我に返った俺は、目の前で霧散していく化人の姿を呆然と見送りながら、その後に残った紙切れを無意識のうちに拾い上げていた。
数枚の紙。これがたぶん、取手の言っていた、大切なものなんじゃねーか?俺にはたかだか数枚の紙切れだけど、取手にとっては、きっと。
それを、皆守と八千穂ちゃんに助け起こされている取手の所に持っていった。
俺がゴーグルを取るのと同時に取手も俺を見返して、
「……これは、うう…この楽譜は……」
紙切れ、じゃねぇや、楽譜を、大事そうに見つめていた。
それから唐突に。俺の目の前は真っ白になっていた。何だ、こりゃ?まさか、ゴーイング天国?なぁんて思ってたんだけど、どうやらそれは間違いで、どっからか、誰かの思念が流れ込んできたみたいなんだわ。それは、取手の記憶。少なくとも、俺にはそう思えた。
「……この曲は」
「――――ちゃん、…かっちゃん」
頭に響く、穏やかな女の人の声。たぶん、これが。
「さゆり―――姉さん?」
「かっちゃん、音楽というのは、人の心と似ているのよ?」
取手の姉、やっぱり彼女が、取手の『大切な宝』だったんだ。
「楽しさ、怒り、哀しみ。そして―――愛。時にゆるやかに、時に激しく。音楽というのは、神様が人に授けた素晴らしいものなの」
「でも、もう姉さんはピアノを弾く事ができないじゃないかッ。あんなに大好きだったピアノを……。もう…姉さんの綺麗な白い指は動かない」
その、取手の好きだった白い指が緩やかに動いて、取手の頭を撫でる。
「僕はいやだよ。事故だっていっても許さないッ!!姉さんをこんな風にした同級生の奴らを絶対に許さないッ!!」
取手のお姉さんは、静かに首を振った。
「かっちゃん……。音楽とは人の心に似ているの。人の想いがいつまでも失われる事がないように、音楽もまた、大切な人の心に残っていく」
彼女、この時には既に、自分が近く死に逝くことを、分かってたんじゃねーかな。でなければこんな、儚く笑えるわけがない。
「だから、いつまでも忘れないで。私の心も音楽も、永遠にあなたの心に生き続けるわ。たとえ、私がいつもあなたの傍らに居ないとしても、あなたの傍らには音楽がある。つらい事や、悲しいことがあっても、音楽が、きっとあなたを癒してくれる。だから、あなたに、この曲を―――この楽譜を贈るわ。私のあなたに対するありったけの想いを込めて」
「姉さんの…」
「音楽がある限り、私はあなたの心に生き続ける」
今までぼやけていた彼女の輪郭が、何故かその瞬間、俺にはハッキリ見えた。
「だから、想い出して、この曲を―――ずっと、忘れないで」
綺麗に、生きてきたこと全てに感謝するように、優しく微笑むその表情は―――。
俺の記憶とシンクロした。あいつが、俺に笑っているような錯覚に陥って、思わず、押し込めていたはずの名前を、呼んでいた。
* * *
今のは、白昼夢か?
我に返ってみればそこは墓地で、取手がひとり、楽譜を手に虚空を見つめていた。
「忘れていた…。この呪われた力と引き換えに、失くしていた物が何だったのか……。僕は、蜃気楼のような幻を見ていたのかもしれない」
八千穂ちゃんは、うっすら目尻に涙を滲ませながら取手の言葉に聞き入っている。
「……さゆり姉さん。僕は姉さんが死んだ事を忘れたくて、悲しみから逃げたくて、ずっと失っていた。姉さんが僕に託した大切な宝物を。
――でも、君がそれを取り戻してくれた」
そう言って、取手が向き直ったのは何故か俺だった。違う、俺はそんな大それた事、してないよ。
「取り戻したのは、自分自身でだろ?俺は何にも、してないよ」
ただ化け物退治をしたってだけのハナシ。
「いや、でも―――葉佩君、君は何者なんだ?」
銃ぶっ放してゴーグル付けて真夜中の墓地うろついて、それで正体を隠し通せるはずがない。それに、執行委員という立場の取手にこの状況を説明するには、正直に話すのが一番だった。
「《宝探し屋》、ってのが、俺の生業」
「《宝探し屋》……それで、君は、天香学園に転校してきたんだね。この地下に眠る遺跡に隠された秘宝を見つけ出すために」
「まぁ、な」
「僕にはまだ、君の探している物が何なのかはわからない。でも、僕の宝物を、あの日、もう二度と取り戻せないと思っていた大切な物を君は、探し出してくれた」
「だから、違うっつーの!」
俺は……俺は、誰かの大切なものを取り戻せるような、ご大層な力は持ち合わせてないんだって。
でも取手は、
「だから、今度は僕が君の力になるよ。君が探しているものを見つけ出すその時まで」
そう言って、八千穂ちゃんや皆守と同じようにプリクラと連絡先を俺にくれた。
受け取った時点で、俺は、《宝探し屋》失格なのかもしれない。何かしらの力を持っているとは言え、取手だって一般人なんだから。仕事に巻き込んでいいはずは、ない。
そうやって手の中のプリクラを見て、どう返事をしていいか迷っている俺の頭を、誰かが乱暴にド突いた。指先にアロマパイプを挟んだ手。
「もらっとけよ。情報収集にも探索にも、人間は多い方がいい」
「………」
「ひとりっきりがいいってんならそれでもいいぜ?」
皆守が、俺の目を覗き込む。そういや、こいつ…。
「……それだと、お前が泣くもんな」
「はッ?」
皆守が大きく目を見開く。ふふん、一度聞いた言葉は忘れねーぞ?
「分かった。サンキュ、な。取手」
俺が笑うと、取手も、笑ってくれた。
マジで、間に合って良かったよな。そうやって笑えるなら、大丈夫、だろ?
* * *
数日後。
それは、音楽の時間のことだった。
「今日は、話してある通り、ピアノを使った音楽の授業をしましょう」
先生の声に返す返事は腹の虫。今、四限で、腹が減ってしょうがないんだもんよ。俺はピアノなんか弾けないし、金輪際弾けなくてもいいと思わね?俺の指はそんな繊細にできてねーの。
「あら?皆守くんは?」
「さっき、具合が悪くなって出て行きましたけど~」
野郎、音楽嫌いだからって逃げやがって!!俺も一緒にフケれば良かったかなー、なぁんて思ってい、る、と。
先生が扉に向かって誰かを呼んだ。特別講師?へ?誰?
人影が、教室の中に入ってくる。ひょろっと縦に長い、羨ましいシルエット。
取手、だった。
「葉佩君…。君に僕の演奏を聴いて欲しくて……」
「へ?お、俺?」
「そう。それで、C組の授業で、ピアノを教えさせてもらえるように音楽の先生にお願いしたんだ」
そう言って笑う取手の手には、見覚えのある楽譜が収まっていた。
「僕は、君に姉さんの楽譜を取り戻してもらってから、毎日、ピアノを弾くようになった。弾きながら……、いつも、君の事を想い出す。僕は、上手くピアノを弾けているだろうか?……僕の音楽は、天国の姉さんに届いているだろうか?」
天国。うん、そーだな。もしそんなところがあるんなら、お前の姉さん、きっと聴いてると思うぜ。
「そして君は……ピアノを弾いている僕の姿を見て、どう思うだろうか?」
隣の八千穂ちゃんが、俺の学ランを引っ張って、嬉しそうに笑う。
俺も、こん時ばかりはさすがに、『そういうことは女の子に言われたい』なんて軽口はたたけなかった。だって取手が、あんまりにも真剣だからさ。
「だから、君に確かめて欲しいんだ。僕にとって、あの宝物がどれほど価値のあるものだったのかを。だから、聴いて欲しい。この曲を」
教室中からの拍手を受けて、取手が弾き始めた曲は、ハッキリ言って……泣けそうに優しい曲だった。クラスの奴ら、先生も、全員聞き入っている。
俺は、取手が羨ましいと、ちょっとだけ思った。
もし―――もしも天国があったとして。そして、そこで大切な人が俺たちが発信する何かを聴くことができるとして。
それでも俺には、取手のように優しいピアノを聴かせてやれる指は持ち合わせてないんだ。
生憎と俺には、硝煙の匂いと銃声だけしか――――届ける事はできないのだから。