風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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2nd.Discovery 蜃気楼の少年 - 3 -

 皆守と分かれた俺は、とりあえず売店に行って昼食と、夜食分のパンを買って、それから図書室に向かった。七瀬ちゃんに頼んで、古い本の類を見せてもらおうと思ったのだ。それに彼女なら俺の知らないこの學園の歴史についても詳しいかもしれない。
 そう思ったのだけど……どうやら目論見外れ。今日は七瀬ちゃんは図書室に来てないと、同じ図書委員の子が教えてくれた。そうか、残念。
 でも、何か手掛かりになりそうなものが見つかればと、分厚い本の並ぶ歴史書の棚を歩いて、適当に本を引っこ抜いてぱらぱらと捲っていると。
「葉佩さん」
 集中してて気が付かなかった。隣には、白岐ちゃんが立っていたんだ。こんだけ気配を消せるなんて、ホント、あなた何者よ。
「よ」
「……あなたにひとつだけ忠告しておくわ」
 来ました、白岐ちゃん得意のご忠告。はいはい、何でしょう?美人の言うことなら何でも聞いちゃう!聞くだけなら、ね。
「これ以上、墓地には近付かないで。もし自分が大切なら、あそこにだけは……」
 大丈夫。俺は、別に自分が大切だと思ったことはないから。もし何か不吉なことがあっても、自己責任で済ませられる程度のことだよ。自己愛?それは新しい食いモンですか、ってな具合で。
「そーだねぇ、鋭意努力いたしますデスよ」
「……本当に危険なのは、あなたという存在かもしれない。本当にあの場所には近付かないで。あなたのためにも、この學園のためにも……」
「白岐ちゃんのためにも?」
「え…」
 俺は、周りに誰もいないことを確認して、本棚に白岐ちゃんの身体を押し付け、両腕で衝立をして閉じこめる。俺の両腕の間で、けれど白岐ちゃんは顔色一つ変えない。気丈な子だこと。
「忠告ついでに、何か知ってるなら教えてほしいなぁ、なんて」
「……私は何も知り得ないし、あなたに教えられることも何もないわ」
「あら、そ」
 口が堅い上に、意志も強い。こりゃどっかの諜報機関に入ったらいいかもしれない。向いてるよ、白岐ちゃん。
 俺は腕をどかすと、持っていた本を元あった場所に戻した。その様子を、ただずっと見ている白岐ちゃん。
「なァ」
 立ち去り際、白岐ちゃんを振り返って、聞いてみた。
「俺にもしも何かあっていなくなったら、白岐ちゃんは悲しんでくれる?」
「…………」
「デショ?俺が居なくなって悲しむ奴なんて、ここには居ないの」
 そして、この世のどこにも。
 白岐ちゃんの無表情が微かに崩れて、俺はそれ以上何か言われないように、逃げるようにその場を立ち去った。
 彼女の前でも、俺は俺を見失う。取り繕ってるつもりなのに、話しているうちにどんどん中身の綿がでろでろ出てきちゃう感じ。
 皆守とはまた違った感じなんだよねー。奴の場合は、気が付いたら中に入られちゃってる感じ?いきなり、どっから入ったかも分からずに俺の中にいるんだ。どっちかっていやぁ、あいつの方が困るし、怖いよなぁ。
 そんなことをつらつら考えながら図書室を出た俺は、その足で保健室に向かうことにした。倒れてた女の子は、一体どうなったか。任せておけ、とルイ先生に言われたもののやっぱりあのカサカサの手は気になる。
 階段を降りて保健室のドアに向かったとき、丁度対面する職員室から出てきた八千穂ちゃんと遭遇した。
「あ、葉佩クン」
 八千穂ちゃん、何だかちょっと浮かない顔。
「よ、どしたん?」
「あの、ゴメンね、皆守クンに葉佩クンの正体喋っちゃって。あのあと、いろいろとツッコまれちゃって、誤魔化しきれなくって……」
 ああ、そのことね。そっか、皆守の方が聞いたんだ。へーぇ、あんな興味無ぇ、って顔しておいて、ふーん。
「いいよ、大丈夫。皆守もああいう奴だしヘーキだろ」
「よかったァ~、そう言ってもらえてホッとしたよ。葉佩クン、大丈夫、安心して!君の言うとおり、皆守クンなら他の人に言いふらすようなことはしないと思うよ!」
 ま、そんな感じだよな。
「でも……七瀬ちゃんにもなんか聞いたろ?メールが来たぜ?」
「えぇ!?あ、あのね、あれは、葉佩クンが正体を教えてくれないから、その……ヒントがないかなぁ、と思って、ちょっと月魅に相談を…」
 しどろもどろになりながら「ごめんね」と謝る八千穂ちゃん。しおらしい彼女もとっても可愛らしいですけど、ちょっと苛めすぎたかね?
「いいよ、まだ本格的に気付かれてはないみたいだし。七瀬ちゃんも口は堅そうだし、バレてもそこまで大事にはなんないだろ」
「だ、だよね!良かった~」
 そしてもうこれ以上他言しないことを約束して、俺は八千穂ちゃんと別れた。歩きながら話してたもんだから、気が付けば足は階段を登って自分の教室に向かっていた。
 保健室は……後でいいか。
 でもまだ、昼休みが終わるまでには時間があるんだよなぁ。さて、どーしよ。そういやメシ、まだ食ってないんだっけか。……天気良いから、屋上で食うか。
 何だか、屋上へ階段を上がるその一歩ごとに、ラベンダーの匂いが強くなっていく気がするのは気のせい?気のせいだよな。あいつがいると思うから、錯覚してるだけだ。うんそうだ。
 思った通り、めちゃくちゃ良い天気で、ぐーっと伸びをするとホントに気持ちが良かった。あ、関節バキバキいってら。年ですかね?それとも疲れてるだけですか。
「よう、葉佩」
 いた。アロマ星人、今日も元気にアロマが美味い、風に負けずにラベンダーが炸裂している。
 皆守は、高台の貯水タンクのある台の上から俺を見下ろしていた。
「どうだ?この學園は。なかなか碌でもないトコだろ?」
「まーな。でも、みーんな、ちょっと強烈で、結構楽しいぜ?起こってるゴタゴタも含めてさ」
 初対面の人間に石についての愛を説くような輩も含め、皆。
「お前、面倒事には自分から喜んで首突っ込んでくタイプだろ」
「そー見える?」
「ま、とりあえず俺は遠くから見物させてもらうぜ」
 そーんなこと言っちゃって。俺は八千穂ちゃんから聞いちゃったもんねー、うへへ。
「……何だよ」
 にやける俺を、皆守が睨む。
 俺はうへへと笑ったまま、カレーパンの袋を口に銜えて、皆守のいる場所までコンクリに手を掛けると一息で身体を引き上げた。そのまま奴の隣に陣取ると、文句ありげな視線。無視しますけど。
「へへッ、だって、聞いちゃったよーんだ」
「何を、誰に」
「夜中にあんな格好して墓地にいたのに、お前、何もツッコんだこと聞かないからおかしいなーとは思ってたんだよ」
 《宝探し屋》、って言ったって、極身近にあるような職業じゃない。八千穂ちゃんみたいに調べたり、聞いたり、普通はしてきそうなもんだと思ってた。でも皆守は何も聞いてこないから変だなーとは思いつつ、こいつ、他人には興味なさそうだし、とも思ってたんだ。
「…別に、俺には関係ないことだからな」
「へへへ~」
「だから何だよ!」
「八千穂ちゃんに、色々聞いたんだって?そーんな、俺に直接聞けばいいのに、皆守クンたら照れ屋さん」
 見れば皆守、図星だったのか複雑そうな顔をしている。ヤだなー、可愛いんだから。
 俺はそれをげらげら笑いながら、売店で買ったパンを食べ出した。ラベンダーとカレーパンのニオイが混ざって、結構強烈。
「へぇ……お前、カレーパン好きなのか?」
 片眉上げてしかめっ面してた皆守が、途端に表情を緩める。変なトコに食いつく奴だな。
「好きだよー。てか、カレー好き。大好き」
「そうなのか?」
 何だよ、嬉しそうな顔しちゃって。いきなり友好ムードですよ。カレーひとつで?
「なら今度、マミーズのカレーでも一緒に食いに行くか」
 おぉう!友達と一緒に学食!学園ドリームがまた一個叶いそうですよ♪順風満帆、俺のなんちゃって学園生活。
 俺がカレーパンを食べ終わると、辺りは一気にラベンダーの匂いに侵食される。その香りに少しだけ浸りながら、皆守に聞いた。
「な、ラベンダーって安眠効果もあんだっけ?」
「まぁな」
 だからこいつはいつも眠たげなんだろうかね。
「眠れないときとかにそれがあったら、寝れるかな…」
「お前、不眠症なのか?」
 お、意外そうな顔。だよなー、見えないよねぇ、神経図太そうな俺だし?
「うん。まあ、眠りが浅くてさ」
 でも、この匂いの中にいるとやっぱり少し、眠くなる。というか俺が寝れないのが夜だけだからかね?授業中は結構眠くなんだけどなー。
「昨日も寝てないのか?」
「まァ、そんなには寝れてない。でも昨日はまだマシだったんだぜ?」
 何だか鼻の奥にラベンダーの匂いが残ってる気がして、それで、なんとか。だから思ったんだ。この匂いがあれば大丈夫なんじゃないかって思ったんだわ。
「寝たいけど……寝れないってのは、結構しんどいんだよなぁ」
「……あぁ」
 皆守の隣は、本当にラベンダーの匂いが強い。それに加えて、かーっと、秋晴れ。大きく背筋を反らせて空を見上げると、視界に遮蔽物が無いせいでどこまでも見える気がした。
 気持ちいいなぁ、ここ。
 って、あらら、今頃眠気が。
「あー……ヤバい。眠い」
「お、おい!」
 夜に寝れなかった分の睡魔が一気に襲ってきた気がして、俺は貯水タンクにもたれるようにズルズルと沈み込んでいった。上瞼と下瞼が、俺の意志なんてシカトしてくっつこうと頑張っている。
 でも船漕ぎながらも、理性はしっかり皆守の存在を認知してて、誰かが側にいるところで寝ちゃダメだと、古い記憶の通りに必死に指示してんだ。なんか、それも負けそう…。
 どこか遠くで、チャイムの音が聞こえる気がするけど、この際無視。てか皆守、授業に行ってくれ。
「皆守ぃ、授業、始まるよー。さっさと行けー」
「……もう半分寝てんな」
 まともに呂律も回っていない。どーしたんだろ、俺。ここまで眠いってのはここ数年、ほとんど無かったと思う。起きろ、起きろ俺。こんなとこで寝たら寝首掻かれるぞ!俺!戦場だったら死んでるぞ!戦場ってどこだー、おーい、俺!てか寝るなら一人で寝ろ!
 どんなに自分に言っても、ダメだった。こうなったら皆守が授業に出ることを祈るしかない。
 お願いねー、皆守くーん……

*  *  *

 夢を、見たんだ。
 いつも見る、あの夢。
 俺の名前を呼ぶ声。差し伸べられた手。そして、微笑みかける……あれは。
『クロウ』
 頬に伸ばされるその感覚さえ、俺はまだ記憶している。
 そうだ、これは、記憶だ。思い出だ。俺の、思い出したくない思い出だ。
『クロウ……』
 そして、俺の前にいるのは……


「――――― …」

*  *  *

 思い出してはいけない人の名前を呼んでしまって、俺は、自分が寝ていたことに気が付いた。
 一体どれだけの時間寝っこけてたのか、目を開ければ大分太陽が落ちていてビックリ。
「おぉぅ……今何時だ?」
 ほとんど倒れていた上半身を起こして目元を擦ると、
「ぁ……」
 目元から頬が、微妙に濡れてんの。ヤダねー、寝泣き?
 そこで、俺は気が付いた。や、奴はどこだ!!皆守は!?周りを見ても、皆守の姿はどこにもない。微かに、ほんの少しだけラベンダーの匂いがするだけで、あいつはいない。
 良かったー、こんな寝泣きしてるアホな面見られなくて。授業にでも出てるんかね?だとしたら奇跡だ。ひゃっほーい。
 でも…嫌な夢見た。普段は絶対に思い出したくないのに、夢を見るときはいつもこれだ。だから、眠るのが嫌なんだ…。クソッ。
 マジで皆守がいなくて良かったと思いながら、立ち上がろうとした俺は、自分の上に掛かっていた学ランに、気が付いてしまった。俺のじゃない。だって俺、着てるもん。しかもサイズが、俺のより二回りくらいでかい。んでもって、微かに香るラベンダーは、この学ランからだ。
 つまり、皆守の。
 掛けていってくれたって事?うわー、恥ずかし!!そういうことは女の子にやれよなぁ。
 俺はその学ランを畳むと、H.A.N.Tを取りだして時間を見た。
「げっ…」
 既に、時間割最後の六限が終了しようかという時間じゃありませんか。てことは、昼休みからほぼ三時間、俺はずっとここで寝てたことになる。きゃー、普段の平均睡眠時間にかなり近い数値ですよ!昼寝にしては寝過ぎ。ビックリ。こりゃ、早く教室に戻らないと。放課後はさっさと帰るのがこの學園の鉄則だろ?皆守があんだけ口酸っぱくして言ってくんだから、結構なコトなんだと思う。あいつに学ランも返さなきゃだし、急いで戻ろうと、俺は高台のコンクリから一気に飛び降りた。