風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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11th.Discovery ねらわれた学園 - 6 -

 集合場所はお墓前。月が出ていないのを確認して、俺とダンナは連れだって向かう。
 あの後、一緒に洗い物をしてからデザートを食べて、寮が静まりかえってから出てきた。
 甲太郎のことは、どっちも話題にしなかった。ダンナだって、様子がちょっと変だって分かってたみたいだけど。俺も、なんも言わなかった。言わないっていうか、なんにも、分からなすぎて話せないっていうか。
 ルイ先生は、墓守小屋の前にいた。いつもと同じ白衣に、細くて長い煙管を咥えて。
「こんばんは、センセ。お昼ぶりですね」
「ああ。……まさか、あの話をしてからすぐにバディとして《ロゼッタ協会》のエージェントに協力することになるとはな」
「お嫌ですか?」
「まさか」
 驚いているだけだよ、と笑って見せて、先生の視線は後ろに立つ夕薙に。
「で?身体の方は大丈夫なのか?養護教諭としては、昨日変異を起こして倒れた生徒が次の日に夜遊びをするというのはあまり見過ごせる事態ではないのだが」
「ハハハ、手厳しいですね、先生。でも、まあ大丈夫です。いつものことですから」
「そうか」
 いやいやいや!!そこ、ハハハ、って笑い合うところと違うくない!?しかも『いつものこと』って言ったよ、そこのお兄ちゃん!?
 まあ、そんな笑い話ができるような感じならいいんだけどさ…。
 二人はとても和やかでにこやか。元々、ダンナも保健室にはよくいたらしいから、今日のメンツは、さながら「チーム保健室」、もしくは「チーム侵入者」ってとこ。今までの《執行委員》バディや、元からこの學園生え抜きバディと違って、いろいろおおっぴらに話せてちょっと楽しい。
 遺跡の大広間まで降りて、一応辺りを確認していると。
「そういえば、珍しく、生徒会長殿が私のところへ来たぞ」
「ハイ」
「双樹が肩を傷めたといってな。とは言っても、来たときには何事もないようだったが」
「なら、よかった」
「会長殿は訳を話さなかったが、おそらく君も何か噛んでいるんだろう?」
「……まあ、そんなところで」
 自分の失態だけど、話さないって訳にもいかなくて、きらきら、光が指す扉を目指して歩きながら、ダンナに話したのと同じようなレベルの説明をつらつらと話す。
 ファントムと遭遇したこと。《鍵》を求めていたこと。双樹姐さんが人質に取られて、俺はむざむざ人質を傷つけて、結局会長が全部片付けたこと。
「そのようなことがあったのですよ」
「そうか。なんにせよ無事で何よりだ」
 えぇー、そんだけー?しかもダンナも頷いてるし!……なんか、このメンツ、すんごーく、ざっくりしてる。そんな気がする。
「別に、心配していないとか、そういうことじゃないぞ」
 俺の考えを読んだのか、ダンナは階段を登りながら言う。
「ただ、この學園にいる以上はそういったことを覚悟しているし、なんといっても彼女は《生徒会》だ。それくらいのことは、予想の範疇内だろうな、あ、先生、お手を」
「悪いな。よっと。……もっと動きやすい格好で来ればよかったかな」
「いいじゃないですか。よくお似合いだ。そのチャイナドレス」
「まあ、着慣れてはいるのでな」
 な、なんなんだろう。この感じ。とても、俺が、場違いな感じ?オトナーって雰囲気の二人。
「とにかく、あまり君が気にしすぎるのは双樹に失礼だと思うぞ」
「そうかなー」
「夕薙の言うとおりだろうな。そんな考えを君が持っていると、双樹も接しづらいだろう」
 だから気にしすぎないことだ、と、なんとなく慰められたような感じがする。
「双樹のことだけじゃない。俺のことも、そうだ」
「へ?」
「俺が何を言ったところで、君は気に病むのだろうな」
「………」
 俺が何も言えないことで、察してくれたらしく、ダンナはぽん、と俺の頭に手を乗せ、やわらかく笑う。
「で?ファントムはこの遺跡に来ているのか?」
「……うん。たぶんね。俺の予想が正しければ、《鍵》を持って、一番奥にいると思う」
「鍵、か……」
 ダンナが気になると言っていたファントムの動向。それが今日、もしかすると決着が付けられるかもしれない。俺も、気を引き締めていかないと。
 ファントムと、あと、おそらくはその仮面を被っている『あいつ』が待っている。いろんなことがぞわぞわと胃の辺りにわだかまる中、その戦いを思うとちょっと気が晴れる。楽しみ、って言ってもいいかもれない。
 そんなちょっとばっかりの浮かれ気分は、扉を開けた瞬間に引っ込んだ。
「う、わ……」
「砂が降ってるのか…。見通しが悪そうだ。気を付けて進もう」
 上からばさばさと砂が降ってきている。ぱらぱらなんてもんじゃない。まるで、天井のその上が砂漠になっていて、ひび割れの隙間や穴からこぼれだしているというレベル。下も砂がたまってるし、砂煙で視界も遮られるから、慎重にいかないと。俺の持ってる二挺はどっちもデザート仕様ではない。砲介に、今度改造してもらおうかな。
 んなこと考えてる俺を尻目に、ダンナはルイ先生の髪の後ろ側に付いた砂を払ってあげてから、さて、と辺りを見渡して、部屋の様子を観察している。床に積もった砂を手に取ったりなんかして。
 砂漠の戦闘は経験がある、けど、上からこんなに砂が降ってくるなんて初めてだ。変なポカを、しなきゃいいけど。
 念のため銃以外の装備を点検していると、ルイ先生がぽつりと呟いた。
「ふむ。何となく懐かしい感じがするな。私の故郷の色に似ている」
「え゛ッ……そう、ですかね?」
「ああ。客家の伝統的な建物は、土を固めた土楼だ。砂が降ってくるわけではないが、どことなく、な」
「福建土楼、ですか。言われてみれば、確かに」
 ルイ先生、出身は福建省だって言ってたもんね。あの土楼の感じって言われれば、ちょっと分かるな。
「……さて、ハンター殿。この先はどう進む」
 ハシゴを降りると、その先扉は二つ。一つは前の区画、つまりみっちゃんがいた《化人創世の間》につながる扉、となると、もう一つが先に進むための扉だ。けど、その前に。
「奥の壁、ヒビが入ってるんで壊せそうなんすわ。ちょっとやってみるんで下がっててください」
 狭い通路の奥、その突き当たりに昨日手に入れた小型削岩機を起動させて当てる。ビンゴ。壁は崩れて、小部屋が現れた。そこはもう、床は完全に砂に埋まっている。そんな、砂の世界に。
「あ……」
 ひらひらと、視界の中を泳ぐ蝶。けぶる部屋の中で、紫色の光を放っている。
 後ろの二人が物珍しそうに部屋に入ってくるのを確認して、その蝶に触れた。
「いらっしゃい……」
 マダム・バタフライは、いつもと同じ出迎えをしてくれる。
「また会えたわね。若き探求者よ……」
「こんばんは、マダム。ご機嫌いかが?」
 応える代わりに、スカートをつまんで華麗なお辞儀。俺も真似してお辞儀をしてみる。
 マダムは顔を上げてから、俺を真っ直ぐ見つめて、それから後ろの二人に視線を流した。交互に見やって、俺をもう一度見る。
「初めて出会った頃のあなたになかったもの……。あなたの両腕に救いを求めている、多くの気配を感じるわ」
 ……そんな。
 俺は、怖くて後ろを振り向けない。なんせ、救いが必要だったダンナの手を、振り払うどころか返り討ちにした。やっぱり、それが許されるなんて、思えない。
「あなたを頼りとし、あなたに希望を見出している」
「ホント、かな」
「あなたの器は、それを受け止めきれて?」
 いろんなバディのメンツが、脳裏を過ぎっていく。俺に、希望を。そんなことを誰もが口にしていた気がする。ぐるぐると、言葉と顔が回る。
 俺が、それを受け止められるって?
『―――いや、いいんだ。行ってこい』
 出てくる前の、甲太郎の声が甦る。
 立ち入りを拒む声。何にも、俺に差し出さない。気持ちを託される存在ではないっていう、関係。
「……受け止めたい、って。そう、思えるようには、なったんですけど」
 ぽろりと転がり出た本音を、一体どう思ったのか。マダムはフフフ、と意味ありげに微笑。
「ああ……人というものの、なんて素晴らしいこと」
「……え?」
「あなたと話せて、あたしはまた、新たなものを見出した」
 仮面の奥。綺麗な深い色をした瞳が、ゆらりゆらりと、揺れたような気がした。
 おもむろに仮面に手をやると、そっと、外す。白い手が目元を覆っていたけれど、彼女の素顔に近い顔。
「ありがとう……」
 目の感情は分からない。けど、なんだろう、言うなれば「ニヤ」っと。口元を吊り上げるような笑み。俺のよく知っている『誰か』のする笑い方によく似ている気がして……声を、かけようとしたのに、その瞬間、彼女は蝶の姿に変わっていた。
 後に残ったのは、不思議な音色を奏でるオルゴール。
「……なんだよ、それ」
 頭ン中、大混乱。元々、頭よくないのに、いろんなことが起こりすぎると強制終了しちまいそう。ダンナが肩を叩いてくれなかったら、ずっとそのまま、オルゴールを持って立ち尽くしていたはず。
 二人には、彼女は遺跡の神秘だって説明する。納得はしてないだろうに、二人とも、そうかそうかと笑ってくれた。
 部屋の宝壺からアンクの護符をゲットレ、石碑から『宇陀に着いた神倭伊波礼毘古命。八咫烏を飛ばし、宇陀を治める二人の兄弟に心の意を問うた』というヒントを読み取る。
「今回は兄弟の話か」
「古今東西、男兄弟神話ってのはロクなことになんない場合が多いんだ。カインとアベル、オシリスとセト、ヤムとバアルとか。宇陀を治める二人ってことは、兄宇迦斯と弟宇迦斯、かな」
「エウカシとオトウカシ?」
「そう。兄と弟ってまんまの意味なんだけど」
 兄宇迦斯は、伊波礼毘古命の遣いである八咫烏を追い払う。その後どうなるかってのは、
「おっと、お出ましだッ」
 扉を開けると、すぐに戦闘。両脇にタマネギが居やがる。二人が入ってくる前に、二挺拳銃で片付ける。眠気胞子は出させないぜぃ。
 空いたスペースに滑り込む二人。俺は少しでも視界を確保するために、ゴーグルを下げめにして、砂が目に掛かるのを防ぐ。
「奥にいるのは……初めて見んな。二人とも、下がってて」
 H.A.N.Tにデータはない。おニューな化人さんのお出ましだ。頭に箱、被ってやがる。
 砂に足を取られないように距離を詰め、射撃、が、すこぶる効きが悪い!!しかも、こんな狭いのに遮蔽物がないから、さ、もう!!
 振られた一振り、剣にトゲが生えたような不思議な形状。喉元ぎりぎりを掠めていく。二体目の攻撃は伏臥回避、射撃、射撃。なのに、H.A.N.Tの生命反応は全然減らないでやがる。
 仕方ない、近接攻撃に近接武器で挑むのはちと気が引けるが、腰に差していたコンバットナイフと抜く。……抜いた、んだけど。
「螺旋掌ッ!!」
「ぉうぇ!?」
 俺の背後から、よく分かんないすごい熱量が飛んできて、目の前の二体がダメージを受ける気配…ってかごっそり残りの生命力が減る。
 その怖ろしい技をぶっ放したルイ先生を振り返る前に、ナイフでトドメを。その奥にいる二体の動き出しが遅いのを確認して、後ろを。
「あ、りがとう、ございます」
「なに、気にするな。それより、次が来るぞ」
 そ、そうでした、と向き直ると、横には、あまり見ない好戦的な笑い方をするダンナが並びかける。
「奴ら、思い切り痛い目に遭わせてやろう」
「ふぇ!?」
 白い歯を出して、無駄に爽やかな笑顔を披露したダンナ。のろのろと近づいてきた二体に、俺の苦手な音波攻撃を見舞わせる。見えないスーパーソニックウェイブ。二体揃って壁まで吹っ飛ぶ。……どいつもこいつも、人間じゃない。
 申し訳程度に射撃で後を片付ると、二人は「やったな!」「フッ、口ほどにもない」と余裕の口ぶり。
「……役に立たなくてすんません」
 銃とナイフをしまいながら、二人に頭を下げる。
「ハハハ。俺はこんなことくらいしか役に立てんからな」
「雑魚の片付けくらいは任せて、君は、ほら。この部屋を抜けることを考えてくれ」
 まあ、それがハンターのお仕事ですよね、うん。
 そう自分にも言い聞かせて、邪魔者のいなくなった部屋の中で、ギミック解除に取りかかった。
 部屋の中には、像が二体。調べてみると、まさに兄宇迦斯と弟宇迦斯のそれ。
「さっきの話の続きだけどね。兄宇迦斯は、八咫烏を追い払った後、罠を作って伊波礼を殺そうとするんだ。でも、弟宇迦斯が密告したせいで、失敗。お兄ちゃんは、自分の作った罠につぶされて死んでしまう」
「神武東征を模しているのか、ここは」
「そうだね」
 H.A.N.Tに情報を入力していると、それをダンナが横から覗き込んでくる。
「君は歴史が苦手じゃなかったかい?」
「世界史よりは苦手ですよ。でも、苦手なままでいたら、遺跡で死んじゃうもの。そりゃ、できるように頑張りますことよ」
 石碑には、重要なヒントが刻まれている。歴史ができないおバカなハンターは、石碑の意味を読み取れずに、何度も死にかけた。それも、ほかの誰かを巻き込んで。もう二度とそんな目には遭いたくないから、歴史、勉強しました。
「この辺り、兄弟の話がかなり多いんだ。それも、お兄ちゃんは東征に抵抗して、結果殺される。弟は朝廷側について、結局はその地を任されることになる、みたいなね」
 西洋もそういう傾向あるけど、どうも神話とか昔話、おとぎ話の「お兄ちゃん」って、報われないよね。「お姉ちゃん」もだけど。一番下が、結局幸せになんの。俺、たぶん一人っ子だけど、上がいない以上、可能性としてはお兄ちゃんになってた場合だってあるから、なんか解せない。
 だけど、先に進むにはお兄ちゃんには死んでいただくしかない。この部屋のギミックは、兄宇迦斯と押機が関係している。そして、八咫烏のモチーフもある。弟宇迦斯の像をゴリゴリと動かしてみると、部屋の真ん中辺りに何かが落ちてきた。ってことは、あそこに兄宇迦斯の像を置いて、もう一度。
 どかーん、という漫画みたいに凄まじい地鳴りと破壊音が響き、兄宇迦斯の像、木っ端。(っていか、押機ってこういう機械だっけ?なんか、もっとこう、じわじわ拷問系じゃなかったっけか。)
「この仕掛けに象徴されていることを君は深く考えたりするか?なんとも無残な話だと私は思うね」
「うーん……この辺の神話、特に古事記なんかは、天武天皇が編纂してるから、しょうがないような気もしますけど」
「そうか。壬申の乱、か」
「そーゆーこと。自分が兄ちゃんを討って天下を治めてるなら、物語上でもそういう立場の者を贔屓するでしょーね」
 ルイ先生は、納得したような、面白がるようなそんな顔をして見せた。
 そういえば、今回のエリアは、今朝ダンナが話してくれた『蝦夷』と『物部』の話の行をなぞっている。ダンナを連れてきたのは正解かも。克服してきているとはいえ、知識不足で何かを読み違えないとは言い切れない。
 気を取り直して、俺を先頭に、次の区画へ。
 H.A.N.Tは即、戦闘モードに。辺りは暗闇。ノクトビジョンに切り替えながら、両脇に化人の気配を感じる。さっきと同じ、二挺拳銃で即行撃破。向こうには、さっきの箱頭。今度こそ接近戦を挑んでみたくて、ナイフを抜き一気に距離を詰める。相手からの大振りの一撃を避け、ほとんど人みたいな身体に斬りつけた。
 オォォォォ、という声をあげ、緩慢にもう一撃を振ってくる。食らってないから分からないけど、ずいぶん動きはのろま。しゃがみ気味に回避をして、足払いで倒す。腕にナイフを刺し、持っていた得物を奪ってそのまま箱の真ん中の穴に突っ込んだ。
 実体がなくなるかどうか、そこにもう一体が迫ってくる。バディのお二人が何かしたそうだったけど、あっちには暗視装備はないから視界が真っ暗だ。「動かないで」と指示を飛ばし、獲物に集中する。
 あとは箱頭一体か。完全に接近される前に、ポウチから出したガスHGを箱の穴に投げ、跳び退る。爆破、よろける身体に、先ほど倒したヤツが持っていた剣で斬りかかる。一太刀、二太刀。トゲの付いたような形状が、思った以上のダメージを与えているようだ。
 ほどなくして力尽きて倒れ、戦闘は終了。同時に、ノクトビジョンの電池が切れた。
「お見事」
「どうもどうも」
 後に残った剣は、せっかくなのでいただいておく。
「それは、七支刀だな」
「七支刀、って、日本の国宝じゃなかったですか?」
「それを模した武器なのだろう。だが、文字が掘られているな……本物ではあるまいに」
 先生がずいぶん興味深げにしているから、しばらくお預けしておく。
 さて、と。困ったことに視界はゼロだ。真っ暗で、どこに何があるのかすら分からない。経験上、化人は一度滅すれば次に潜るときまで出てこないはずなんだけど、万が一ってこともある。一応、二人にはあまり動き回らないよう釘を刺しておく。
 部屋の構造を把握するために、壁伝いに歩いていると、石碑を発見。読んでみれば『土を焼き、我が行く末を占う。皿は川上に。瓶は川底に』だって。
 川上?川底?占いをする件は、神話の中にたくさん出てくる。矢を射ったり、甲羅を焼いたり、貝殻の占いもあったっけ。えーっと、土を焼く、でしょ?
「九龍、こっちに壺があるぞ」
 あんまり動かないでねって言ったにもかかわらず部屋の中をうろうろしていたダンナが、向こうの方から呼んでいる。今いる場所をマーキングしてから声の方に行ってみると、上にあがるハシゴがあり、覗き込んでみるとそこには宝壺が。遠慮なく、ガッチャン。壺からは、『波邇』をゲットレ。
 いつの間にかやってきたルイ先生が、
「これは何だ?土か」
「ハニ、って言うんですけど。あ、埴輪のハニ、と意味は同じようなもんです。赤土ですね。さっき、石碑にあったんですよ。土を焼いて、占うって」
「確かに、古今、占いに土は付きものだ。大地の力を密に受けることができるからな」
 この遺跡は、ルイ先生にとっても楽しいものがいっぱいあるみたい。心なしか、ウキウキしている気がすんだけど?
「土を焼くってことは、これを燃やすのかな」
 辛うじて見える範囲の場所に、竈のようなものが置かれている。そこに填めてみると、ビンゴ。火が燃え上がり、蓋をどかしてみると、ふたつの《秘宝》をゲットレ。今度は『八十毘良迦』と『厳瓮』だ。八十毘良迦は皿、厳瓮は瓶というか甕というか、そういう形。
「へぇ。面白い仕掛けだな」
「ねー」
「焼き物ってのは、いいよな。暖かみがある。忘れかけているものを想い出させてくれるような…そんな気がするよ」
 忘れかけているもの。ダンナが忘れかけて―――なくしかけて、しまっているものは。いつか本当に忘れてしまうものなのかな。それを、思い出せるように手伝ってあげられればいいんだけど。
 そんなことを考えながらうろうろしていると、仕掛けを発見。さらに、ハシゴで降りた区画にも同じような仕掛けがある。上が、皿。下が、瓶。それぞれ《秘宝》を置くと、どこかで解錠音がした。
 瓶を置いた地下の部屋には『江見メモ』も落ちている。この部屋は、乾燥のせいで砂化している、って。空気が乾くのは、隣の部屋が暑い……熱いから?うーん、今までそこまで熱量を持った部屋はなかったから、次のことになるのかな。
 メモをしまって、ハシゴを登り、元の場所に戻って、さあ次の部屋へはどうやって行こう?
「その辺、扉がないー?」
「いや、見あたらないが……ここの壁がひび割れているぞ」
「ホント?」
 さっきの竈の向こうが、確かに壊せそうな感じになってる。小型削岩機で削ってみますと、その奥に宝壺が二つ。中から出てきたのは……フォアグラと、マッシュルーム?
「……九龍、もしかして、君の料理の材料っていうのは…」
「え!?あ、で、でも、大丈夫だよ!?H.A.N.Tでちゃんと検査してから使ってるし!!な、なんか、遺跡の中にあったのに賞味期限も全然大丈夫だし!!」
「なら、いいんだが……」
 と、言いながらもダンナの顔は引きつってる。そしたらルイ先生は余計なことを。
「遺跡の中からこうやって拾ってくるならまだしも、ロゼッタのハンターは化人から剥ぎ取ったものすら食材にするからな」
「ぎゃーーーーぎゃーーーー!!せんせーーー、それ言っちゃらめぇぇぇーーー!!」
 ダンナ、今日食ったものを思い出すのか、若干顔色がよろしくない。
「……月は出てないはずなんだがな、どうも胃の調子がよくないような」
「だ、だ、だ、大丈夫!!!大丈夫だよ大丈夫!!!俺、超食ってるけど、ぴんっぴんしてるしね!!」
 しばらく大丈夫コールで熱弁を続けると、ようやくダンナは苦笑いを見せた。
「ま、俺も衛生環境のよくない場所で過ごしていた身だ。これくらい大丈夫ってことにしておこう」
「……フォアグラ、食べる?」
「ちゃんと料理してくれるならな」
 茶目っ気たっぷりにウインクまでしてくれて、ホッと一安心。念のため持ってきておいた保冷パックに詰めて、肝心の次の区画への扉を探す。
 扉は、もう一つのハシゴを降りた先にあった。
「ハシゴ、砂で滑るんで気をつけてください」
「少し狭いな…。先に次の部屋に入ってくれ」
「了解でーっす、っと、おわッ」
 連チャンの戦闘。扉を半分開けたまま迎撃準備。相も変わらず射撃に弱いタマネギを一体撃破。空いたスペースに二人を引っ張り込む。区画は凹凸の激しい形。ほかの部屋より足下がしっかりしているけど、ここは打って出るより迎えた方がいい。横から見えるヤツらに射撃を浴びせていると、何体か集まってくる気配。視界に入ってくる箱男には、とにかく射撃を続け、ようとしたんだけど。背中にすんごい『氣』を感じて、振り返るか否か。
「食らえッ!!」
 俺越しにぶっ放されたルイ先生の必殺技。箱男に加え、横のタマネギも巻き込んでいった。
「せ、先生、今、俺ごと亡き者にしようと……」
「馬鹿だな。これは氣をコントロールしているものだ。私の意志で攻撃対象は変えられるのさ」
「へ、へえ」
「そんなこと言ってる間に、来るぞ!」
 いけね。そうでした。
 箱男とタマネギが交互に襲ってくるのを、銃と七支刀で片付ける。少し落ち着いたところで飛び出して、位置を確認し直す。
 左手側にはみぎゃーと鳴く人面タマネギが。右手には低く唸る箱男。どっちから行こうか、一瞬考えていると、今度はダンナが。
「こいつら…紫色のタマネギって感じがしないか?」
「ぅえ!?」
 いきなり何を言い出すんですか!?確かに俺もタマネギって読んでるけどさあ。
「さて、どう料理してやろうか?」
「……ダンナ、さっきの、ちょっと根に持ってる?」
「まさか!」
 と言いながら、ダンナも一発。キィィィンと耳鳴りがして、思わず後退る。この感じ、やっぱ慣れない。そして、箱男もかなりこの攻撃が痛いみたい。一発でだいぶ効いている感じ。トドメに七支刀を叩き込んだ、そのとき。
「葉佩、危ないッ」
 危険は分かっていて、だから、避けようと踏み込んだ足が砂で滑る。そこに、運悪くかなりの量の砂が降ってきて視界が死ぬ。辛うじて見える先には、ぶわっと巻き上がる胞子。……これ、あれだ。眠くなる、あれ……。
 強制的にまどろみかける意識。その中で、そういえば前にもこんなことがあって、誰かがこいつをタマネギだって言ったよなー、とつらつら。そして、そのときみたいに必死な気持ちじゃないのは、この二人なら放っておいても、ほら。
 螺旋掌と音波のWアタック。あっけなくタマネギは消えていくのを、半分眠りながら見ていた。
「九龍、おい、九龍ッ」
 ダンナの声が、どっか、遠くの方で聞こえるなー。
 タマネギでー、眠っちゃってー、あー、そーそー、もし、もう目覚めなかったらって、必死に、なって、それで……、
「心配ない。眠っているだけだ」
「さっきの攻撃ですか?」
「そうだろうな。……こんなところじゃなく、普段、眠る前にかけてもらえばいいのにな」
「このまま寝かせておきますか?」
「それでは先に進めないだろう」
「ハハ、ですね」
 おい、九龍、おい、と肩を揺すられる。うー、あー、おうー。そんな声を出していると、首の裏に何かが当てられて起こされた。そして、ピリピリとした『気配』が身体を走り抜けると、眠気は一気に飛んでいく。
「目が覚めたか?」
「……オハヨーゴザイマス」
 どうやら、ルイ先生の《力》で起こされたみたい。不思議な目覚め方をした。
 そして気がつく、なぜかダンナに抱き起こされていることを。
「おわッ!!」
「叫ばなくてもいいだろう」
 いや叫びますよ。
 慌てて立ち上がって、くらっとくる眠気を、頭を振ってごまかす。うわ、頭からこぼれる砂の量が尋常じゃない。
「……すみません、お二人がお強いのでちょっと気を抜きすぎました」
「そうか?」
「そうかな?」
 顔を見合わせる二人。単独戦闘はともかく、得体の知れない化人相手には強すぎますぜよ。
「あれが眠りを誘うっていうのは知っていたのか?」
「んー。前に食らった。別の部屋に、下位互換みたいなヤツが出るんだよね。あんときは俺もだけど甲太ろ……」
 あれれ。なんだ。なんか、もやっとする。
 あのときのことを思い出したからだけじゃない。甲太郎のことを、思い出して。何ダカ、心臓ガ、キリキリ、スルアルヨ。
「どうした?」
「えーっと、その、ダンナがタマネギみたいって言ったの、前、甲太郎も同じこと言ったなーって」
「……あいつと思考が同じなのか俺は」
 それがショックだったようで、ダンナはちょっと微妙顔。顎をボリボリと掻いている。
 俺は、寝てた分を取り返すべく働かねば。
 俺たちが入ってきた当たりに、矢を射るような仕草をした絵が刻まれた石版が置かれている。『伊波礼毘古命』だって。でも、矢の先は窪んでいて、何かを填められそうな感じ。こういうときは大体秘宝が必要なんだよね。
 どこかしらー、と探していると、部屋の突き当たりにはハシゴ。その横には『長髄彦の像』が建っている。ハシゴを降りた先は宝壺に宝箱に石碑のオンパレードで、壺の中には《秘宝》『金鵄』が。石碑には『何処からともなく飛来せし金鳶が、伊波礼毘古命の弓に舞い降りた途端、矢より閃光が走り、長髄彦を貫いた』って。
 これは神武東征の続きだ。大和に攻め入った伊波礼は、その地を治める豪族、長髄彦と激突する。長髄彦はかなりのバックボーンの持ち主で、伊波礼も苦戦するんだよね。でも、そこはまあ、主人公側ですから。天の奇跡が起きるワケ。それが石碑にある『金鵄』の伝説。これで長髄彦の軍は目を眩まされて、戦意喪失。
 ということなので、『神倭伊波礼毘古命の像』に『金鵄』をセット。すると、伝説の通り、まばゆい光が発射された……けど、向こうにある『長髄彦の像』までは届いていない。置いてある鏡の向きを変えてみてもダメ。
 どうやら、最初に光を反射するはずの鏡が曇っているようだ。
「あちゃ、ここの鏡がダメになってんだ。だから反射できないんだなー。なんか代わりになるものを考えないと」
「手鏡ならあるが」
「さすがルイ先生。ちょっと貸してもらってもいいですか?」
「もちろん」
 手鏡を固定して、もう一度角度を調整。
「鏡か。ヒゲをあたる時に鏡は不可欠だが…つい無精して、見もせずに剃る事ってあるよな」
「……ダンナさぁ、俺がほとんどヒゲ剃りしないの、知ってるでしょーよー」
「ああ、そうだったな」
 顔を覗き込んで、ニヤッとされる。どーせね!!どーせ生えてませんよ!!
 と、やさぐれながら作業したのが悪かったのかなんなのか、角度をぴったり合わせたはずなのに、手鏡は光を反射してくれない。光はちゃんと当たっているのに、なんで?
「もしかして、あくまでもこの鏡を使わなければいけないとかそういうこと?」
「だとしたら鏡を張り替えなければならないというわけか」
「えーー、それはさすがに……なんか代わりになるもの…」
 なんかない?なんかない?とポケットの中をごそごそ。出てきたのはガム。この包み紙でなんとかなんねーかな。
 試しに貼ってみると、おぉ!!
 歪んでいるけれど、鏡からは光が飛ばされる。そして、『長髄彦の像』へ。すると、像の窪みに《秘宝》『天孫の証』が現れた。
「君の機転は 見込んだ通りだな。安心して見ていられるよ」
「いえいえ。まぐれっすわー、まぐれ」
 ルイ先生に褒めていただくほどのことではございませんことよーん。
 次の部屋の扉も開いたので先に進むと、例の黄金の扉。今回のゴールだ。
「到着しましたよー。この先に、墓守の誰かさんがいらっしゃるはずです」
「このまま進むのか?」
「いや、一旦、装備とかを調えます。そっちの部屋でね」
 《魂の井戸》は相も変わらず不思議な暖かさ。それに、砂が降ってこないのが精神的に落ち着く。
 ダンナは一度、この部屋に来ているけどルイ先生は初めてみたい。物珍しそうにあちこち触っている。
 ここまでダメージらしいダメージはほとんど食らってないから、やることは装備をセットすることだけ。爆薬に弾薬、余分なものは部屋に送って、必要なものを取り出す。二人にはミネラルウォーターのペットボトルを渡して、砂まみれの顔や手足を拭いておいてもらった。たぶん、この先も砂まみれ場とは思うから、気休めなんだけど…。
 自分でも顔を拭きながら(鼻の穴にも耳の穴にも砂入っていた!)、ふと、H.A.N.Tを確認してみたけど、……メールは、なし。
 あ、いや、別にないからってどういうわけでもないんだけど。
「甲太郎からメールかい?」
「あ、ううん、時間を、確認しただけ」
 H.A.N.Tを閉じると、ダンナ、腕組み。
 そう、そんなに深い意味はないんだ。ただ、どうしても、部屋を出てくる前の顔とか声とか、頭にちらついちゃって。甲太郎は、今日、何か理由があって潜りたかったのかな。俺が、その、心配とか、それだけなのかな。
 ……そう、なのかな。
「あいつは、何を考えているんだかな」
「甲太郎のこと?」
「あの気怠げな目で、その実、何を見ているのか……」
「…………」
 ねえ、そのセリフ、いつだったか白岐ちゃんにも向けていたよね?でもって、白岐ちゃんはおそらくこの學園の、遺跡の、核となる何かを知っている。ダンナは表側の《墓守》として、いろんなものを見てきているはず。そのダンナの言葉。俺だって、気にならないわけじゃない。
「不安、か?」
「……ううん。んなことないよ」
「信じているというわけだ」
「そりゃー、信じてますよー。バディのみなさんは、みーんな」
「……そうか」
 俺の言葉に、神妙な顔をするのがダンナ。煙管で軽く壁を叩きながら、軽く笑ってみせるのがルイ先生。
「君の『信じている』は、本当の意味とは違いそうだな」
 あーあ。また言われちったよ。
「そうっすかねー?」
「本当に信じているものは、自身の強さと、その銃くらいなのだろう?」
 ルイ先生は、責めようとして言ってるわけじゃない。困った奴だ、とでも言いたげに、苦笑している。
 みっちゃんにも言われた。俺の信じてるっていうのは、この国で、この學園で言うところの諦めるってことだって。そして、ルイ先生が言った、強さと銃でさえ、俺は大切な人を傷つけるために使っている。となれば、もう、真実、信じているものなんて。
「さっきの、マダムが言ってたでしょ。全てを受け容れられる?って。俺は、そうするだけ。どんなものを放り投げても、ハイ、分かりましたって、受け取ろうって思うよ」
「放られたものが、受け止めきれなかったら?」
「……そしたら、どうするんだろうね」
 一度目は、殺してしまった。二度目は、俺にも、分かんない。
『しょーがないよね、そうなっちゃったんだもんね』
 甲太郎が、そんな何かを放り投げてきたとして、そう言って笑ってられるかね?
「ま、そうなったときは遠慮なく泣き付きにおいで。保健室のベッドぐらいは貸してやろう」
「俺のところでも構わんぞ」
「酷!俺、泣かされること前提なんですね」
 そんなことがないことを、祈っておりますです。
 さて、いつまでもうじうじと悩んでいるわけにはいかない。砂の世界に戻り、黄金の扉に『天孫の証』をセットすれば、次は《化人創世の間》だ。天孫・邇邇芸は、伊波礼の曾じいちゃんとされている。
 《墓守》を倒した後に出てくるのは、伊波礼か、まさかの邇邇芸?それとも邇芸速日命かも。
「このエリアで、神武東征は終わったのか?」
「分かんないっす。長髄彦のその後まではギミックになかったから。邇芸速日命が出てきてませんし。ダンナが言うとおり、長髄彦は最後の最後まで抵抗して、結局、伊波礼じゃなくて信仰していた邇芸速日命に殺される。そのシーンは、今までなかったでしょ?」
「そうだな」
 ルイ先生は、長髄彦か、と呟いて腕組み。今朝、その話をしたばかりの三人が雁首そろえてるんだから、いろいろ思うところはあるよね。
 今回のエリアは、裏切りの物語。血を分けた者に、信仰していた神に、裏切られ続けた人たちの悲劇。いや、神武東征は「英雄譚」なのだから、そういう見方をする方がうがっているのかも。
「……え?」
 ちょっと、待って。古今東西、御伽噺や神話は、基本的には英雄側の話だ。脇役や敵役の悲劇なんてのは、ちょっとしたアクセント程度になっているはず。
 それなのに、ここでは『裏切り』の側面がクローズアップされている気がする。
「邇芸速日命の子孫である《物部》、天神といって崇めていて、義理とはいえ兄弟でもあった邇芸速日命に殺された長髄彦……」
 あれ?そういえば、昨日の亡霊……アラハバキ、って名乗んなかったか?あんときは、別のことで頭がいっぱいだったけど、アラハバキ―――『まつろわぬ民』が崇めた北の客人神。
 情報が、頭の中で膨れ始める。H.A.N.Tに思いついたことを入力しながら、思考を巡らせる。もしかして、『あいつ』が亡霊に取り込まれた、その理由って…。それから、ダンナのいう喪部が危険だという、その意味。
「九龍、なにか、分かったのか?」
 突然黙り込んで、H.A.N.Tを猛烈な勢いでいじりだした俺は、二人からは相当変に見えたことでしょう。すみません、一度没頭すると周りが見えなくなる性分でして…。
「分かったかどうかは、分かんない。でも、少し見えてきた気がする。今までのことも、たぶん、偶然じゃない。これから先は、必然の話になると思う。血脈とか、そういう類の」
 わー、俺、日本語が不自由。この、もやもやした部分をうまく説明できない。
「とにかく、とにかくこの先にいる《墓守》に、聞きたいことがあるんだ。だから、行くよ」
「分かった。…そうだ、君にこれをやろう」
 ダンナがごそごそと取り出したのは、救急キット。俺が持っている簡易キットのより、いろんな医療品が詰まってる。
「いざという時 役に立つはずだ」
「サンキュー!すごいね、ダンナ、これ、どこで?」
「ん?ほら、話しただろう?レスキューにいたことがあると。そのツテでな。君なら必要はないかもしれんが、備えがあるに越したことはない」
「私にも医療の心得はある。今回は、大船に乗ったつもりで戦うといい」
「ハイ。ありがとうございます!」
 心強いこと、この上なし。
 気合いを入れるために一つ、頷いて、重い扉を押した。