風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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11th.Discovery ねらわれた学園 - 3 -

 午後の授業を、甲太郎はフケていた。俺はといえば、またもだらけた感じで適当に受け、幸い指されなかったもんだからノンペナルティで授業を終えた。
 ようやく少し腹に物を入れる気になって、周りが帰り支度を始める頃にもそもそ八千穂ちゃんからもらった弁当を食らう。当の八千穂ちゃんは今週、掃除当番だとかで階段だか廊下だかを磨いているはず。
 今日は、これからどうすっかなー。ルイ先生ご所望の八卦碑を取りに戻って、先生に渡して、課題のプリントやって、それから……それから。
 ダンナに、謝りに行かないと。今朝の感じでは、許してもらえるのかもしれない。でも、その後、どうやって向き合っていったらいいんだろう?今まで、俺は、自分と正気のまま対峙した者はみんな消してしまっていたから、その相手が生き残って、しかもまだ自分と関係を持ち続けるという状況が分からない。普通にしててもいいもの?でも、ダンナの前の、俺の普通ってどんなんだったっけ?それすら、思い出せない。
 せっかくの八千穂ちゃん弁当も、(幸か不幸か)味わえないまま完食。ごみんよ、八千穂ちゃん、でも、これがたぶん、今日の俺の唯一の栄養だと思うんだ。大地に帰ったタコ焼き以外で。
 そんなことを考えながら、のろのろと帰り支度をする。他のクラスの連中に紛れて廊下に出ると、後ろから、
「あ~、ダルい」
 本気で怠げな甲太郎ボイスが。
 それを聞いた瞬間、ふっと、身体の力が抜けるのが分かる。けれど、周りに人がいるから、ダメだ、と自分に戒め。
「お前何サボって……、っと、わわッ!!」
 てっきり、甲太郎だと思い込んで振り返った。その先にいたのは、なんとすどりん。……素の態度に戻ってなくてよかったと、心底安堵。
「おーほっほっほッ。引っかかったわね?甲太郎だと思ったでしょ?どうかしら?アタシの声真似、似てたと思わない?ねッ、ねッ?」
「に、に、似てた似てた。超似てた。ビックリした」
「アロマがうまいぜ……。ぎゃははははッ。我ながら、ソックリィィィ。どう?アタシのこの特技。惚れ直した?」
「そりゃもう、そんな真似されたら惚れ直さずにいられるかってんだい」
 いや、直すもなにも惚れているのかどうかはさておいて。
「ああん、ダーリン、アタシの表面張力で保っているこの今にも溢れそうな愛に気付いてくれたのね?」
 そ、そうね。その愛にはずいぶん前から気付かされていた気もする。
 すどりんは燃え上がる愛そのままに、その場で身悶えている。
「ジュッテ~ムッ!!アタシのことを強く抱きしめてェん……さァ、ダーリン!」
「えぇ!?ここで!?」
 すっげーいっぱい人がいるけど!!つーか、みんな俺らを避けるように歩いていくんですけど……。
「俺は別にアレだけど、すどりん、みんな、見てるよ?」
「いーのよ!!アタシのこの身体を荒々しく奪いなさいッ!!早くッ!!」
「……へい」
 これって、あの噂通り手込めにしたことになんのかなー。まあ、キズモノにしてないだけマシか。じゃあ、失礼して。
「あァ……、ついに……」
 俺が両手を広げ、すどりんが飛び込んでこようとする、まさにその時。
 ドスッ、という鈍くて思い音と共に、すどりんの身体が膝から崩れ落ちる。
「おぐおッ!?ぐあ……かは……」
「うっわ……痛そ…。大丈夫?すどりん」
「こ……黒板消しが人中に……」
 俺の背後から吹っ飛んできた黒板消しが、ものの見事に顔面クリティカルヒット。人体急所を抉っていった。
「廊下の真ん中で気色悪いことしてんじゃないわよッ!!」
 そして、廊下の真ん中で仁王立ちをする八千穂ちゃん。こめかみに血管が浮き出ているのがコワイ。
「あッ!!アンタは、アタシの永遠のライバルッ、八千穂明日香ァァァッ!ぐほあッ!?」
 ヒュッと風を切る音がして、俺の顔の横すれすれを、また黒板消しが飛んでゆく。
「誰がライバルよッ、誰がッ!!」
「あが……あぐお……」
 そしてまたも人中ヒット。八千穂ちゃん、なんちゅーコントロール……。
「あ、アンタ……、いくつ黒板消し持ってんのよ……」
「へへへッ、こんなこともあろうかと、A組とB組のも持ってきてたんだ」
「……ふっふっふ、やるじゃない……。さすがに二発は効いたわ。さすがは、アタシの見込んだ女」
 もう、完全に俺を差し置いて女のバトルが勃発してる。眉間に深い深い縦皺を刻んで、女のメンチ切り合い。恐ろしくて逃げたい。
「今日のところはこれくらいで勘弁しておいてあげるわ。でも―――、」
 効果音があるとするなら、『バチバチバチバチィッ』ってな感じ。俺、一歩もそこへと踏み込んではいけません。じりじりと後退って、あわよくばトンズラぶっこきたいんですが、あまりの迫力にそれすら憚られます。
「次は、こうはいかなくってよッ!それじゃあダーリン、続きは今度ね」
「続きって、さらになんかあるのねー」
「あったり前でしょ!じゃあね、バイビ~」
 どうやら、今日の勝負は八千穂ちゃんの勝利らしい。陸上部で鍛えた俊足をかっ飛ばすすどりんを、憤慨した様子で八千穂ちゃんが見送る。
「まったく……、信じられない。何であたしが、ライバルなのよッ……」
「いやー、なんか、超ライバルっぽかったよ。因縁の二人、みたいな」
「何ですってーー!って、あーーーっと、思わずあの変態に気を取られちゃったわ」
 最後に手に残った黒板消しを、今度は俺に向かって放り投げそうだった八千穂ちゃん。何かを思い出したらしく、暴挙は思いとどまってくれた。
「九チャン、ルイ先生が呼んでたよ。保健室まで来てほしいって」
「ルイ先生が?……あー、うん、分かった」
 たぶん、昼休みのことだろうな。いけね、さっさと八卦碑取って来なきゃ。
「まさか……九チャンの正体がバレたってことないよね?」
「んー、あー、えーっと、それは、どうだろう」
 たぶん、バレてんだと思いますがね。一応、俺からは名乗ってないけど。そういえば、ルイ先生には話してないんだよなって、今更思っちゃうくらい、イマサラな気がする。
「まあ、たぶん大丈夫っしょ。その辺は、まあね」
「そう?それならいいけど……あッ、それじゃ、あたし部活があるから行かないと!」
「てか八千穂ちゃん、一体いつまで部活に顔出すのさ」
「んー、冬休みまではやろっかなって。さすがにセンターまではやらないよ?もし、そこで学校決まったらまたやるけど……」
「さいですかー」
 てか、センターって何だ。……そういや、先生が大学入試の話でそんなことを言っていた気が。へー、八千穂ちゃん、大学進学希望なんだ。
「じゃあね、九チャン!もう廊下であんな変態と抱き合ったりしちゃダメだよ!」
「……肝に銘じます」
 ひらひらと手を振って、八千穂ちゃんは駆けていった。寒いってのに、元気だねぇ。
 さて、俺も一端寮に戻りますか。

*  *  *

 ちゃんと取っておいてあった八卦碑を引っ張り出し、再度学校へと戻る。(俺、今日、何往復してんだろうね?)下校時間を過ぎたとしても、俺にはちゃんと忍び込める鍵があったりして。つっても、まだ学校は開いてるんだけど。冬休みも直前だから、大学進学希望者のガイダンスとかやるって言ってたな。……もしかして、姿の見えない甲太郎サンは、そこに出てるとか?うーん、あり得ないとは言えないよなー。
 甲太郎は、進路とかってどうすんだろ?カレー屋でもやんのかな。したら俺、日本に来たついでに寄ったりすんのに。
 そんなことを考えながら、一階まで辿り着いたとき、廊下の端の方でなにやら不穏な声が聞こえてきた。
「おいッ、もっとこっちに来いッ」
 階段の手すりからひょいっと覗くと、あらあらまあまあ、今朝とほとんど同じ構図。二度も出くわすなんて、巡り合わせですねぇ。
 壁際で数人に囲まれた響君は、怯えた様子で立ち尽くしている。
「ぼ、僕に何か用ですか?」
「用があるからこんな場所に呼び出したんだろうがッ」
「今朝は邪魔が入ったが、ここなら大丈夫だ」
 ……邪魔って俺のことですか。
 こうなっちゃー、仕方ない。乗りかかった舟は、辿り着くまでは漕いでみせましょう。
「あ……あの、僕、これから部活が……」
「部活だと?部活と俺たちの話と、どっちが大事だと思ってんだッ!!」
「止めてください―――」
 朝と同じ、脇目もふらずにダッシュしようとするから、
「うわッ」
「急ぐのは分かるけど、前、見て走ろうね?」
「は、葉佩先輩」
 響君のお顔には、あわあわあわあわあわという文字が浮かんでいる。前狼後虎?いやいや、俺、虐めたりしないし。
「待て、響ッ!!」
「てめェ、何逃げてんだよッ!!」
 そうこうしている間にも、狼さんだか虎さんだかは追いかけてくる。そんな、追っかけてまでカツアゲせんでもよかろうに。
「ひ―――ッ。あッ、あの……葉佩先輩、た、助けてください……!!お願いします!!」
「言われなくても」
 えらいえらい、今度はちゃんと、助けてくださいって言えましたね。それなら任されて。フルボッコにしてくれんよ。
 俺がぺんぺんと響の頭に手をやっていると、ダッシュでいじめっ子集団が追いついてくる。そんで、俺を見るなり、顔が引きつってやんの。
「あッ、葉佩九龍……」
「どーも」
「何だ、またかよ」
「またで悪ぃか?そっちこそ飽きねぇなー、下級生イビり」
 ほんのちょっとだけ、凄んでみせると、睨まれた一人の顔色が変わった。
「すッ、すいません、それじゃ、ボクたちはこれで―――」
 そのまま立ち去ろうとするのを引き留めたのは、今度は俺じゃなかった。
「ちょっと待てよッ」
 お仲間のうち、一番後ろに控えていたのが、集団をかき分けて前に出てくる。うっわ、俺より頭一個半は完全にデカい。なんか腹立つな。
 そのジャイアン君は、高い位置から俺を見下ろして、
「こいつ、本当にそんなにスゲェ奴なのか?」
「何?」
「ほら、よくあるじゃねぇか。噂だけが先行して、実際は大したことないってのが」
 ……言い方はカチンとくるんだけど、噂だけが先行してってのには概ね賛成しますよ。噂の一人歩きで完全に割食ってんだから。
 俺が勝手に思い出しギレをする中、どうやらこいつの一言で、連中の選択肢が「にげる」から「たたかう」に変わったようだ。
「こいつの面を見てみろよ。俺には、この転校生がそんなにスゲェ奴だとは、どうしても思えないんだけどよ」
「あ……あァ、まァな」
「確かにそうだな……」
「だろ?」
 だろ?じゃねぇよ。人を見かけで判断しちゃいけませんって、小学校の時、習わなかった?それは、人を内面で見てあげましょう、っていう意味じゃなくて、見かけ弱そうだからって理由で喧嘩を売ると、取り返しの付かないことになりますよっていう意味なんですよ?
 事実、俺はこの見てくれのせいで何人も勘違いさせて、襲いかからせて、半死以上にして返り討ちにしているんだから。
 なーんて、こいつらに言ったところで無駄だろうし、あるだけ喧嘩売りたいんだろうから、もう好きにして、って感じなんだけど。
 俺が黙っているのをどう取ったのか、ジャイアン君が響の腕を掴む。
「おらこっち来いよッ!!」
 引っ張った拍子に、奴らの腕が響の顔に当たり、顔半分を覆っていたマスクが外れる。
「うわッ、い……痛っ……」
「……おい」
 思わず、ジャイアン君の腕を思い切り掴んでしまう俺。こぢんまり(……いや自分では言いたくないけど)した俺が、結構な力だったのが意外だったらしい。思わず、といった様子で握っていた手を離した。
「いい加減、こういうの面倒くさいから、やめない?」
 そもそも俺、ルイ先生に呼び出し食らってんだよねー、と舌打ちしてみせると、ジャイアン君が俺の手を振り払った。
「この野郎……。ハッタリかましやがって。お前にも、この學園のルールって奴を教えてやろうじゃねぇか」
 出たこの學園ルール!……なんか、こうやってドス効かせて言われるより、みっちゃんがにこーっと笑って言う方が怖い気がするのは、なぜ?
「響のように痛い目に遭いたくなかったら、大人しく金目の物を出しな」
「素直にいうことを聞いておいた方がいいぜ。へっへっへ」
 ……時代劇に出てくる悪代官ですか、あんたら。その悪い笑い方、過去を掘り起こした先に出てきそうでホント、ヤだ。
「俺はそんなに素直じゃないし、見ず知らずの他人に金品くれてやるほど慈悲深くもございません。売れるモンつったら、喧嘩くらいかね?」
 本気を出したらきっと殺してしまうけど。夷澤を畳む100分の1くらいの拳で、潰して差し上げますわー。ウフ。
 きっと、その言葉を吐き捨てている俺は、死ぬほど好戦的な眼をしていたのだろう。対峙する相手が、一瞬竦んで、隠すように怒りを剥き出しにするのが見えた。
「ほう……生意気な態度をしてくれるじゃないか」
 まさに一触即発。もういっちょ挑発したら、きっと速攻で殴りかかってくる。ほら、一応はね、殴らせてからやり返さないと後が面倒だ。売られたから買うのと、売られてもないのに強奪するのでは全然違うでしょう。
 横で響が可哀相なくらいはらはらしてるけど、大丈夫、平気。俺は、ちゃぁんと、加減はできるから。
「せ、先輩……」
「アハハ。だいじょーぶ。こういうの、ね。慣れてるから。二秒で片付けて差し上げましょう」
 響に向けた、相手への挑発。直後、学ランの胸ぐらを思い切り掴まれる。
「野郎……舐めやがって」
「先輩!!」
 来た。振りかぶられた拳が見えて、よしコレで被害者!とカウンターの構えを取りかけた……そこに。
「何してんスか、センパイ」
 相手が振り上げた拳を、止める手。學園の秩序、参上。不機嫌そうな声音を隠そうともしない辺り、ほーんとふてぶてしい子だこと。
「随分と楽しそうなことやってるじゃないっすか?」
 夷澤は、なぜか殴られそうになっている俺に、きっつい視線を向けてくる。
「まさか、やられるつもりだったわけじゃないでしょうね」
「えーっと、いや、そういうわけでなく、ほら、一方的にやるとね?後々ケガさせちゃったときに問題じゃない?一発くらい殴らせておけば、フルボッコにしても許されるかなあ、と……」
 にこーっと、愛想よく笑ってやったのに、フンと鼻で笑い返される。
「オレも、こういうアホそうな連中をいたぶるのは好きですよ」
「俺はこういうのよりも、もっと虐め甲斐のあるワンコ君をいたぶる方が好きですよ?」
 その一言にイラッときたのか、夷澤は、何だてめーと言いかけたお不良さんの腕を思い切り締め上げた。
「野郎ッ、てめえ放しやが―――、うおッ!!」
「なんか言ったか?」
 あーあ、やっちゃった。……つっても、この学校じゃ、生徒会の連中が正義だからいいのか。
「んの野郎ッ!!―――うぐッ…」
 大ぶりのフック(というか腕ぶん回し)を鬱陶しそうに避けて、飛び込んできた相手のブレクサスに一発。相手は呻いて崩れ落ちる。そりゃそうだよね、一応ボクシング部のエースだものね、強いものね……ってコラ!!
「夷澤!!キミは暴れたら部活停止になっちゃうでしょ……っと!」
 お不良さんたちったら、俺にまで突っ込んできやがる。突進してきたヤツの額に軽い掌底を当て、動きが止まったところで胸元を指で突く。相手は、驚いた表情のまま、その場にしゃがみ込んだ。
 こうなっちゃったからには「蹴らない殴らないシバかない」にしないと、ボクシング部の連中から怒られちゃう。
「すごい……強い」
 響が目を見開くその横で、夷澤はまだご立腹。
「なに加減してんスか。あんたなら、こんな連中、五秒で刻めんでしょうが」
「二秒で充分です。それと、刻んだら困るのはキミですよ」
 ……なーんか、今日の夷澤は変だ。いつもなら、こんな連中、相手にもしなさそうなのに。そんな、一生懸命相手をしてやるなんて、らしくない。
「こ……この野郎……、俺たちにこんな事をしてただで済むと―――」
「るっせんだよッ!!」
「あが……」
「あ、馬鹿!!」
 お前の拳でアッパー入れたら顎砕けちゃうでしょう!!
「ひッ、ひぃぃぃぃ……」
 とうとうラス一になってしまったお不良さんに、夷澤が詰め寄っていく。威圧するように立ちはだかって。渾身の一撃を見舞おうとするのを、間一髪、掌で受け止める。
「ハイ、そこまで」
「何すか、センパイ?オレのやり方に文句でもあるんすか」
「あるんすか、って。コレで殴ったら、こちらさん死んじゃうでしょう。……それくらい、分かる子だと思ってたんだけど?」
「オレに意見するつもりっすか?止めてくださいよ。別にオレは、センパイの舎弟でも何でもないんすから」
 しゃ、舎弟!?えーー!!その言葉、現代日本でしかも高校で、聞ける日が来ようとは!!うわー、誰かに自慢してぇ……。
「そ、そうね、舎弟じゃないやね……。いや、でも、ほら、こういうことしてみっちゃんとか姐御にバレたら怖いでしょ?」
「あぁ?」
 凄んでくる夷澤と、俺のにらみ合い。その隙に、
「おッ、おい、起きろ」
 逃走を図ろうとする御方々が。
「ん?」
「ひ―――ッ!!助けてェェェェ!!」
 夷澤の一睨みを食らって、脱兎の如く遁走。夷澤が呼び止めるも、ガン無視で廊下の彼方へ駆け抜けていった。
「ちッ、何だよ……。センパイのせいで、逃げられちまったじゃないっすか」
「んなもん逃がしてやりゃいーじゃんか。あれで一方的にボロっくそにしたら、お前、退部させられちゃうよ?」
「何でセンパイにそんな態度されなくちゃならないんすか?オレは、命令されんのが嫌いなんすけど」
 やっぱ、変だ。いつもならば、俺が説教ぶっこいても、文句言いつつ結構聞いてるのに。いったい何があったのか、単に不機嫌なだけ、ってワケじゃないような。
 またも相手を替えての一触即発に、俺じゃない当事者がビビっているようで。
「あ……あの、夷澤くん……」
「ん……?よく見れば、同じクラスの響じゃないか。ったく、またあんな連中に付きまとわれてたのかよ」
「う……うん…」
「情けないヤツだぜ」
 あ、やっぱ、クラスメイト?俺、こんな状況で二人の顔を超見返しまくっちゃう。
 そんなふざけた態度も気に入らないのか、思いっくそ舌打ちかました夷澤は、じゃりじゃりと大量の苦虫をかみ砕いたような顔で俺に向き直る、
「あーあ、せっかく気晴らしができると思ったのに残念だなァ。そうだ。代わりにセンパイにオレの相手をしてもらおうかなァ。どうっすか?いい考えだと思いませんか?」
 うっわ、悪い顔。こういう顔されるくらいなら、いつもみたいに問答無用で殴りかかってくる方がずっとマシだ。ちょっと、頭冷やさせるために一発沈めておくか?
「やッ、やめなよ夷澤くんッ」
「うるさいな。口出しするんじゃねぇよ」
「だって……」
「そーそー。止めなくてよいよ。いつものことだから」
 少し距離を開けて、おいでおいでをする。行儀悪くも近くのゴミ箱を蹴飛ばした夷澤は、拳をバキバキと鳴らす。
「実は、あんたのことが目障りだったんすよ。どいつもこいつも葉佩、葉佩って」
「目障り上等」
 こっちもだんだんイラついてくる。昨日も今日も「お前がいなきゃいい」ラッシュ。これがこの先、ずっと続いていく痛感を、さっきしたばかり。
「そんなに消したきゃやってみりゃいーじゃねーか。……できれば、の話だけど」
「……言ってくれますね」
「やッ、やめてよ、夷澤くんッ!!」
 止めに入ろうと、果敢に腕にしがみつく響を、夷澤は思い切り振り払う。拍子に響が壁にぶつかっても、チラリとも見ようとしない。
「それじゃ、そろそろ行きますよ。センパイ?」
「止めて!!夷澤くんッ!!」
「たっぷりとオレの拳を味わいな―――」
 臨戦態勢から、まさに夷澤が一歩、こちらに踏み込んでこようとした瞬間。
「止めてよおォォォッ!!」
 比喩ではなく、耳をつんざく金切り声が響き渡った。思わず、俺も夷澤も耳を塞いでしまう。
「な、何だぁ!?」
「耳鳴りが―――!?」
 うるさい……ということじゃない。耳鳴りと頭痛を引き起こす、不快な音波。どうやら耐性が低かったらしい俺は、勝手に膝から力が抜けて崩れかける。
 そうしている間にも、異変は広がる。
 掲示物が破れそうな勢いで震えまくり、教室のプレートは落下。廊下の窓ガラスも異常に振動し、ついには破裂するように割れた。破片は廊下の外側に吹っ飛ぶ。
「窓ガラスが……」
 さすがに、夷澤も耳を押さえて立ち尽くしている。
 だが、謎の怪音はすぐに止んだ。いったい、何が起きたのか。呆気にとられる俺と夷澤とは対照的に、
「あ……あ……」
 異変の爆心地であるかのような場所で、響は惨状を見て絶句している。真っ青な顔をして、身体がカタカタと震える様子を見て、どこかケガをしたのか、声を掛けようとしたのだけれど、
「あァァァァッ!!」
 恐怖を顔面一杯に浮かべて絶叫し、廊下を駆けていってしまう。その時にも、俺はおまけのように眩暈を起こしたんだけど。
 こりゃ、もしかして……と、考えていると、
「響?……まさか、あいつが?」
 夷澤も同じことを思っていたらしい。けれど、幸か不幸か俺と殴り合うことは忘れてしまったらしく、廊下の惨状を見て不敵な笑みを浮かべている。
 俺は、といえば。こんなとこ見つかって教師に説教くらうのは勘弁なので、そっと逃げること決定。
 ただ、去り際に夷澤が吐いた、
「……クククッ、面白くなってきたぜ」
 という悪意満載の一言が、どこかに引っかかっていた。

*  *  *

 一騒動に巻き込まれて遅くなってしまった。ルイ先生、キレてたらどうしてくれよう?
 そんな心配をしながら保健室のドアを叩いたのだけれど、
「来たか」
 至ってルイ先生は普通でした。安心。
「スミマセン、遅くなりました」
「待っていたよ」
「ちょっとそこで、ゴタゴタしまして」
 苦笑すると、先生は「君もたいがい面倒事を引きつけるな」なんて言ってくださる。……何も好きで巻き込まれてんじゃねーっすよ?いや、運悪いスキルが発動してるだけかもしんないけど。
「あ、そうだ、用件聞く前に、センセ、これ」
 忘れないうちに八卦碑を進呈。
「これで、大丈夫っすか?」
「うむ、これだ。品質的にもまったく問題ない。では、代金の代わりといってはなんだが、特別にこれをあげよう」
「え゛ッ、いいっすよ。別に俺が使わないモノを持ってきただけだし」
「いいから、取っておきなさい」
 ルイ先生が手渡してくれたのは、……アレレ?
「先生、俺、未成年っすけど……」
「安心しろ、酒ではないよ。ただの水だ。グッといけ」
 赤い杯になみなみ注がれた『水』と、それに浮かぶ菊の花。こりゃ一体どういう意味が?俺っち、日本の文化に疎いから、意味が分からんちん。
 言われた通り一口でグッと。……確かに、酒じゃないみたいだけど、ちょっと味が付いているような気がしないでもない。
「また何かあったらよろしく頼む」
「へい。……で、先生、コレ、なんすか?」
「神水だ。君に、加護があるようにな」
 意味深に笑われるのがちょっと気になるけど。先生がそう言うなら、ありがたく栄養にさせていただきます。
「でも、……俺が飲むより、夕薙が飲んだ方がいいような気もするんすけど」
 栄養ドリンクみたいなものだとしたら、余計に。……昼休みに、先生が大丈夫だって言っていたのに、疑うワケじゃないけれど、やっぱり不安が消えない。
「夕薙の容態のことなら心配しないでいい」
「ホントですか?」
「今はもう、弱っていた氣も安定しているはずだ」
「なら……よかったっす」
 体調だけじゃなくて、ルイ先生が視る《氣》も戻ったなら、危ない峠は越えたって思って、いいんだよな?
 これは、罪悪感からの逃げなのか、それとも本気で夕薙を心配していたのか、自分自身でも分からない。ただ、無事だと分かって、心底、安堵。ルイ先生は、「後で顔を見せてやるといい」なんて簡単に言う。
 それができるかどうかは、……また、後で考えることにする。
「で、俺が呼ばれたのは、そのことですか?」
「君を呼んだのは他でもない。今朝は、夕薙のことで君に色々聞いている時間がなかった。だが、この學園で起きている出来事に関して、君と話をしておく必要があると思った」
「……ハイ」
 ルイ先生は、詳細はともかく、俺が戦いの子だということは分かっているはず。(俺の昔の話も知っていることだし。)
 俺は、ルイ先生のことをただの養護教諭だとはもちろん思っていないし、かといって喪部みたいなモンでは絶対にないと信じている。……踏み込んだ話をすれば、どう転んでも、きっとただの先生と生徒からは逸脱するだろう。
「立ち話も何だ。そこに座りたまえ」
「うぃ」
 先生と対面の一脚に座る。先生はいつものように煙管をくゆらせながら、まるでカウンセリングのように切り出した。
「さて―――。君が、この學園に来てからすでに三ヶ月ほど経つ。振り返ってみて、どうだったかね?この學園での暮らしは」
「暮らし……ですか」
 思い返して、今まで。転入してきた。八千穂ちゃんと仲良くなった。甲太郎は屋上にいて、三人で始まりの入口を見つけた。最初は鎌治が墓守で、生徒会に楯突くと本気殺しをされそうになるってことを知った。そこから人じゃないモノとの戦い方を覚えて、苦手だった歴史をクソみたいに勉強した。バディは要らないって思ってたこともあった。甲太郎と死にかけたこともあった。守りたいと願う人がいることが、どんなに怖いことか思い知った。あいつを忘れたこともあった。思い出した途端、絶望した。色んな人に、正体がばれた。墓守が一人、また一人って仲間になってくれるうちに、どんどん化けの皮が剥がされていった。どんどん精神が崩れていく気がした。どんどん、正気が、なくなっていく気がしている。とうとう夕薙が本当に死にかけた。もう、よくワケが分からなくて、いっそ消えたいと思う。
「どうした?そんなに悲しむほど嫌なことがあったのか?」
 深く、深く落ちていた俺の思考を読んだのだろうか。それとも、顔に出ていたのだろうか。ルイ先生が心配そうに覗き込んでくる。ダメだ、真剣に考えたら、本当に死ねる。
「嫌なことがあったワケじゃ、ないっす。ただ、色々やらかしたなー、俺、って」
「やらかした、だけじゃないだろう。君に、救われた者も大勢いる」
「…………」
「この學園に限らず、どんな事象にも表と裏―――つまり、陽と陰がある。君が、自分の行動を後悔していたとしても、その結果、自分の大切な物を取り戻した者もいるのだからな」
「陽と……陰」
 笑い続けている俺は、陽?素の俺は、陰?どちらも、根本は同じで、どうやっても、化けられていないのに。
「誰でも、普段の顔からは分からない顔が必ず、奥に潜んでいるものさ」
「…………」
 意味深。だって、先生は、俺のどっちも、知っている。
「君は、どう思う?鏡に映った自分の顔は、表の顔だと思うかね?それとも、裏の顔だと思うかね?」
「……どっちも、ですかね。表も裏も、なくなってる気がします」
「そうだな。陰と陽は、常に一体だ。陰陽相交わりて、太極と成る。鏡に映った君の姿は、双つが交じり合った姿ということか」
 笑ってるのも、そうじゃないのも、俺。でも、笑ってるのは嘘だとしたら、結局は、裏であり、陰である俺だけが俺、ってことにもなるけれど。「何が真実で何が真実でないのか。生きていく上で、それを見極めることが重要だ」
「……センセ、もしかして俺のココロ、読んでます?」
「いや、この世には、常識や科学だけでは証明できないこともあるってことさ」
 煙管の灰を落としながら、ルイ先生は窓の外に視線を遣る。冬の日は短い。もう、夕暮れを通り越して薄暗がりが広がっている。部活動の声は遠くの方から微かに聞こえてくるだけ。
「陽光を遮る木立の中や、アスファルトの地下を走る下水道の彼方―――。そして、足下に落ちる影に目を凝らせば、そこに蠢くモノに気付くだろう」
 思わず、言葉に誘導されるように自分の足下を見てしまった。一瞬、蛍光灯に照らされた足の影が揺らめいたように見えて驚く。
 さらに驚いたのは、視線を戻したときのルイ先生と、その周り。
 見間違い、か、ルイ先生の煙管から出る煙が形を作り、ルイ先生にまとわりついているような気がした。しかも、先生がその煙を、指先で操っている、ような……。
「君は、妖や魔の存在を信じるか?」
「妖……魔」
 唐突な質問に、口ごもってしまう。
 幽霊、おばけ、正体のない怪奇現象。俺はそれらが大嫌いで、理由は自分自身の力で打ち破ることができないから。まさに昨日、それらに打ちのめされそうになったばかり。大嫌い、ということはすなわち、存在を信じている上に恐れているということ。
 それに、幽霊でなくても、あの墓にいる連中は、全員科学では説明できないモノばかりだ。それと毎日のように戦っていて、信じていないなんて今さら過ぎる。
「……信じて、ますね。普通なら、目に見えないモノも、存在するはずのないモノも」
「そうか……」
 ふう、と小さくルイ先生が嘆息すると、ふわふわと揺らいでいた白い影は呆気なくどこかへ消えた。辺りにあるのは、ただの煙管の紫煙だけ。
「だが不思議だな。なぜ、一介の高校生である君が、妖や魔の存在を信じることができるのか……。普通の高校生として、普通の暮らしを送っていたら、気付かずに一生を終えているべき話だ」
「センセ、俺が普通じゃないって、知ってるでしょ?」
「それは、昔の話だろう?それとも、その頃も、非現実的な事象と向き合ってきたのか?」
「……そういうワケじゃ、ないっすけど」
 あの頃の俺にあったのは、吐き気がするほどの現実感だった。幽霊なんて信じてなかったし、だから、怖くもなかった。
「今の君には、信じうるだけの何かがある……違うかい?」
 きっと、ルイ先生には何もかもバレているのだろう。
 夕薙のことは、ただのきっかけ。俺はしょっぱなから不振すぎたし、生徒会の連中がみんなくっついてくるようになったのだから、なにかあるっていうのは瞭然。學園のことを嗅ぎ回っているただの転校生、なんてのは土台通用しない話だ。
 ……問題は、ルイ先生がどういう立場の人か、ってことなんだけど。
 ここまで色々面倒見てもらっておいて、正体話したら「じゃあ殺り合おう」っていう展開にはなり辛いはず。よしんばなったとしたら、仕方ない、どうぞこんなヤツの命でよろしければ差し上げまする。
「俺は、……ロゼッタ協会所属のハンターです」
「《宝探し屋》?それが、君の正体か?」
 先生は『ロゼッタ協会所属』と言っただけで大方を把握している。
「この學園に来たのも、遺跡と秘宝が目的。当初は穏便に事を進めるはずだったんですが、あれやこれやがあって、今ではこんなに大事に」
「そうか……」
 そう呟いた、ルイ先生の顔。見て、すぐにヤベェと思った。どう考えても、正体を聞いて嬉しいという顔じゃない。何か、ちょっと深刻なことを考えている顔。
 けれど、
「ありがとう、葉佩。ついに私に話してくれたな。君の真実の姿を」
「ついに……ってことは、」
 やっぱ、バレてたか。
「……実はな、私は初めて会ったときから知っていたのだ。君が《ロゼッタ協会》から派遣されてきた《宝探し屋》だということを」
「…………」
「そして、この學園の地下に《遺跡》が眠り、そこに君の求める《秘宝》があることもな」
「そりゃ、俺が何ものか、転入……潜入前から知っていて、泳がせてたってことですか」
「言い方を変えれば、そうなるな」
 空気が重い。そうさせているのは俺。分かってる。自分の顔から、どんどん表情が抜けていくのは。でも、今までルイ先生を『信じて』いた分、正体がバレていた上、動向を見張られていたというのは、ある意味、ダンナと対峙したときの衝撃に近い。
「見張っていた理由は、何でしょ?正体が分かってたんだったら、追い出すのも簡単だったでしょうに」
「追い出す気などなかったからさ」
「……どういうことです?」
「ただ、その言葉を君の口から聞きたかっただけなんだ」
「は?」
 ルイ先生は、こんなに痛々しい空気の中でも普段と同じ余裕の表情。俺も、ちょっと毒気抜かれる。もしかして、本当に、なんのアレもなく、見張ってただけ?
「私の前では、本当のことを話してほしかったんだよ。君は、いつまで経っても話してくれなかったからな」
「……だって、自分からべらべら正体話す諜報員なんて、おかしいでしょう」
「そうだな」
 ふう、と、ルイ先生は一息。俺も、拳から力を抜く。少しだけ沈黙が続き、先生は、灰皿に灰を落とす。それから、
「だが、私はこれからそれをやらかそうとしているんだが」
「へ?」
「君が話してくれた以上、私も君に自分のことを話しておこうと思ってな。自ら、べらべらと。どうだ?聞いてくれるか?」
 聞いてくれるか、だなんて。俺はもう、本当にぽかーん。先生、どうして?俺に、正体を話していいことなんて、たぶん、一つもないよ。
「そう怪訝そうな顔をしてくれるな。私だって、誰にでも話しているわけではないんだよ」
「でも、だって……」
「でももだってもない。……君は今、普段以上に人間不信気味だろう。夕薙のことで傷ついているのは分かる。それで、私の話など聞く気が起きないというなら、それまでさ」
「別に!!傷ついたりなんて、してないですよ」
「だが現に、ずいぶんとやさぐれた顔をしているじゃないか。もしもこのまま、私が自分の立ち位置を明確にせず、グレーのままでいようとしたら、君はどんどん周囲に不信を深めていくだけだ。違うか?」
「………」
 傷ついて、なんか、ない。そもそも、そんな資格が、ない。
 でも、今、ルイ先生が話そうとしているのがとても大事なことで、しかも俺のことを考えて真っ向から向き合ってくれようとしている、気がする。
 だから、もう何にも言わないで、頷いて、言葉を待った。
 コンコン、と小さく灰皿を叩く音。それからルイ先生は、ゆっくりと、でもずばっと本題を切り出した。
「君は、《魔女の鉄槌》というのを知っているかね?」
「知って、ますよ。魔女狩りの真書にして、異端審問官の教典、でしょう?」
 先生は、まるで魔女が如くにやりと笑う。
 ……魔女の鉄槌。それは、血生臭い黒歴史の一幕。中世から近世に掛けて、ヨーロッパで猛威をふるった教会による異端排斥運動の一つ。《魔女狩り》という言葉は、あまりにも有名だ。悪い意味でね。キリスト教という宗教の閉鎖性を知らしめた話。
「ほう……さすがは《ロゼッタ協会>の《宝探し屋》だといったところか。ならば話は早い」
「って、まさか……」
「《魔女の鉄槌》の名の下に集められた審問官たち。それを束ねる組織が、ヨーロッパはヴァチカンにある―――」
 まさか、まさか。
「《M+M機関》 ……ですか」
 今度は、にやり笑いはなく、どちらかといえば驚いたような顔をする。
「……そうか。知らないはずは、ない道理だな」
「これでも、《宝探し屋》ですから」
 《M+M機関》 。それは、現代に蘇った魔女狩りの組織。ただし、魔女とは人間を指すものではないし、異端審問官もキリスト教を信仰しているというわけではない。
「古今東西の妖や魔を捜し出し、それを狩るための組織。私は《M+M機関》のエージェントだ。この天香學園に、妖魔の反応があるという情報を聞き、潜入捜査をしていたんだ。驚いたか?」
「そりゃ、驚きますよ!先生と《M+M機関》て……なんか、イメージが違う。どっちかって言えば、キリスト教ってより、道教のイメージが……」
「まあ、うちの連中は信仰心など微塵も持ってないものも多いさ。任務の内容は、名前とはずいぶん違う」
 驚いて口半開きの俺を見て、ルイ先生はおかしげに笑う。
「フフフッ。君と私は似たもの同士というわけさ。今まで黙っていたのは、君が《ロゼッタ協会》の人間だと知っていたからさ」
 確かに、《M+M機関》と《ロゼッタ協会》は、仲が悪い。ずっと昔から対立を繰り返してきた組織だ。妖魔を狩る《M+M機関》と、遺跡と共に妖魔や呪いなどをも解き放つ《ロゼッタ協会》。仲が悪いのは必然。
 そりゃ、言わないのは当たり前。俺が、逆の立場でも言わなかったよ。
「狩る者と解き放つ者は、時として命を賭けて熾烈な戦いを繰り広げてきた」
「まさかの俺とルイ先生も?」
 互いにそんな気はない、分かっていて、あえて言ってみる。案の定、先生は息を漏らすように笑うだけ。
「安心したまえ。私は君と争おうとは思っていない」
 そりゃ、そうですよね。今ここで俺と先生が戦ったところで、互いに何のメリットもない。怪しい二人が潰れて、生徒会が得するだけ。
「《生徒会》に《ファントム》に喪部……。この學園に眠る《秘宝》を巡った戦いも終局を迎えつつある今、全ては葉佩九龍、君の《宝探し屋》としての資質に懸かっていると言ってもいい。君は彼らと戦い、《秘宝》に辿り着く自信はあるかね?」
 真っ直ぐに、俺のことを見てくる。正体がバレ合って、教師と生徒ではなくなって、二人。戦う者としての覚悟を問われているのだ。そして、俺は。
「自信なんてのは、いつだって、ねーです」
「…………」
「でも、俺なんでしょう。それは、分かってます」
 生徒会、ファントム、……それ以上に、喪部。あいつとは、俺が戦わなくちゃいけない。何かあったら、俺が、あいつを。
 先生は、何かに満足したのだろう。そうか、と頷くと、
「強い信念こそが、道を切り開く力となる。―――私も、君に力を貸そう」
「ぇ?」
 どうだ、とばかりに煙管を俺に向けてくる。……今、なんて?
「センセ、力を、貸す、って」
「そのままの意味だ。分かるだろう?《異端審問官》として、私はそれなりに優秀だぞ。……君に、守られる必要がない程度には、な」
 どうしたら、いいのだろう。
 先生は、間違いなく敵性組織の一員だ。でも、今この状況では、間違いなく協力し合える関係だ。そして、なにより、間違いなく俺が求めていたバディとしての力を持っている。守らなくても生きていてくれるだけの力。
「これを持っていけ」
 先生が手渡してきたのは、プリクラ。(……唐揚げ?)そして、連絡先。
 頭では色々考えていたのに、気がつくと俺は、それを受け取っていた。ルイ先生はさらに、机の中から何かを取りだした。
「そうだ。これも持っていくといい」
「なん、ですか。これ」
 きらきらと光る、青い石。我らが石研部長に見せたら驚喜しそうな感じの。差し出されたそれは、手に取るとまるで温度があるように暖かく、心なしか気持ちが落ち着いた。
「死反玉というものだ。ヒーリングの効果があるといわれている」
「まかる、がえしの、たま…」
「元は、君たち《宝探し屋》が発掘し、《M+M機関》が買い取ったものだ」
 手を取り合うこともあるんだ、と。暗に言われたような気がした。
 すごく価値のありそうなもので、受け取るのを躊躇したけれど、これを突き返してしまったらきっとルイ先生の想いまで否定してしまう、そんな気がした。だから、お礼を言って素直にポウチにしまう。
「《異端審問官》である私が力を貸すというのは不思議なことかもしれないが、私も懸けてみたくなったのだよ。葉佩九龍という、才能あふれる若き《宝探し屋》にな。フフフッ」
「俺は、そんな…懸けてもらえる才能なんて、持ってません」
「そうかな?」
「……でも、ハイ。頑張ります」
 目を見て言えた。そんな達成感にちょっとホッとしたとき、下校の合図がなる。
「放課後の鐘の音だ……。今日も黄昏が、この學園を包む。気を付けることだな。夜は、妖や魔の領域だ。何が起きても不思議ではない」
 妖や魔……か。それに負けないくらい、俺の領域でもあるんだけれど。それは口に出さずにおいて、ルイ先生に手を振った。
 ……と、そこに。『今夜…』というタイトルのメール。双樹姐さんからだ。夜八時に、プールに来て、か。なんだか意味ありげだけど、行かないわけにはいきません、ね。