風云-fengyun-

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***since 2005/03***

| Prolog | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |

1st.Discovery 謎の転校生 - 6 -

 墓地は、かなり鬱蒼としたオモムキ。まさになんか出そう(人が埋まってないならあり得ないけど)な雰囲気なんだけど、仕事となれば怖いだの言ってらんない。人がいないか気を張り巡らせながら、少しの物音にもビクビクしながら、変わったところはないか探して歩く。
 やっぱり気になるのは、昨日の、あの名無しの墓石。俺は、あの下にはたぶん誰かが眠ってると思うんだ。確信なんて何もねーけど、直感?分かんねーけど、なんとなく感覚するんだ。
 暗さにも慣れて、暗視ゴーグルを外して墓地の中央、ぐるりと周りを見渡した、そんな俺に心臓が止まるほどのショックが。
「葉佩クンッ」
 思わずMP5を引っこ抜きそうになって、この声は大丈夫だと本能がどっかで告げる。辛うじて腕を止めた俺は、深呼吸して声を振り返った。
 そこにいたのは、やっぱり八千穂ちゃんだった。
「へへへ~」
「へへへへへ~…」
「こんな夜に墓地に来て何してんの?」
「何してるんだろうね、えへへ」
「まさか一人で肝試ししてるわけじゃないよねェ~」
 クソぅ……、マジで来やがった。俺は女の子には優しくしたいけど、仕事になったら話は別だ。
 強制力のある生徒会、立ち入りを禁じられている墓地、それに加えて今は真夜中だ。女の子にとっては危ない時間帯だ。
「そうだッ。もしかして幽霊が見てみたいとか?」
「そうそう!俺幽霊見たことなくってさー、日本の墓地って雰囲気あるじゃん?それが学校の中にあるんなら見ない手はないかなーとか、思って…」
「……う~ん、なんかアヤシイなあ」
 俺が怪しいだの怪しくないだのってことはこの際どうでもいい。早く八千穂ちゃんには戻ってもらわなければ。
「まぁ幽霊が見たいか見たくないかはともかく……、ベストに手袋、それにゴーグル?何でそんな格好してるの?」
「………ほ、ほら!こっちの方がさ、なんか探検するキブン、みたいな、ね?」
 うわぁ、我ながら苦しすぎる言い訳。もちろん八千穂ちゃんが納得するはずもなく、
「もしかして、スパイとか?あッ、でもそういう格好の人、何かで見たことあるなぁ~」
 どこだ!?こんな怪しげなヤツが他にもいるのか!?新宿ってのはそんなとこなのか!?
「え~と、何だっけ、ト……ト……、トリじゃなく、トロ……?」
「ト、ト、トロ職人!」
「そうそう、毎日新鮮なネタを仕入れて、お客さんに食べてもらう―――って、違~うッ!!しかもどんな職人よッ!」
 はい、無茶でしたね、スイマセン。さて、一体どう言い訳する、べ、き、か。こうなったら全部話して納得してしてもらった上で、口止めするか…。八千穂ちゃんなら、話せば何とか分かってくれそうな気がしないこともない。
「まァ、でも、見つかったのがあたしで良かったじゃない。葉佩クンの正体、誰にも言わないから安心して。二人だけのひ・み・つ」
「ほ、ホント!?黙っててくれる?ありがと、サンキュー!」
「うん、あたしたち同級生だしね。ところでさ。何か墓地で面白いもの見つかった?」
 それなら、下手に怪しまれるよりはちゃんと話した方が良いと思って、
「今ンところは、何も」
「あたしもいろいろ怪しいところを探してたんだけど、実際、墓地なんてどこもかしこも怪しくて……」
 だろうな。しかも暗いし、足下もよく分からないからおかしな所があっても見逃してしまうかもしれない。
 その時だ。後ろから何かが草むらの中で動いた。がさがさと音がする。
「何か音がしない?」
 ここは学校の敷地内だから野犬てことはないだろうが…俺は八千穂ちゃんを後ろ手に、振り返った。
 音はまだ続く。今度は何か重い物が倒れるような音、その後に……なんだ?軋む、と言えばいいだろうか、そんな音が辺りに響く。
「あっちから聞こえるわ!見に行ってみよ!」
「って、ちょっと八千穂ちゃん!?」
 一人で動かないでー!という俺の言葉も届かず。八千穂ちゃんは墓地の奥へ。もちろん、追う俺。
「確か、この辺りから―――」
 そう。八千穂ちゃんの言うとおり音はこの辺りから聞こえてきた。辺りを探すと、そこで墓石の一つに穴が空いているのを見つけた。大体、人一人が通れそうなほどの。
「墓石の下に穴が……」
 覗き込んでみたが、穴が深い上に辺りが暗くて、奥はよく分からなかった。けれど、おそらくは――――
「おい」
 今度こそ、俺はサブマシンガンを声に向かって構えていた。聞こえた声には友好的なんて雰囲気は全くなく、反射的に背中から引っこ抜いてしまったのだ。
「まったく……その物騒なもの、さっさと引っ込めてくれ」
「皆守…」
 皆守だと分かり、俺は安堵と共に銃を降ろした。この際、目を丸くしてる八千穂ちゃんは無視。後で説明ね。
「八千穂はともかく、転校生のお前まで墓地で肝試しかよ?それに……」
 皆守は、俺の頭の先から爪先まで視線を滑らせると、呆れたように溜め息を吐いた。
 わ、分かってるよ、変な格好だってことくらいは!
「何だそのイカれた格好は…」
「言うな、分かってるから」
 俺はセーフティを戻してから、サブマシンガンを衝立のようにして肘を掛けた。
「あのさ、皆守クン。実はそこの墓石の――――」
「夜の墓地への立ち入りは校則で禁じられている。《生徒会》の連中も監視している」
「《生徒会》、ね…」
「まァ、それだけじゃなく、実際この辺りは物騒だしな」
 転校生が、行方不明になったという話を思い出す。そりゃ、余計に怪しいよなぁ。
 皆守は舌打ちをして、俺を睨む。うむ、迫力。
「せったく、俺が今夜は出歩くなと忠告してやったのに…」
「あは、あはは、ゴメンね、皆守、愛してるから許して!」
「俺はお前のためを思ってなァ―――ちッ、だいたい何で俺がお前の心配しなきゃなんないんだよ」
「ははは、本当に優しいねぇ、皆守は」
「バ、バカッ」
 ホント、照れ屋さん。
「さて、で?皆守は何でここに?」
「寝ようとしてたんだが、隣がガタガタうるさくて寝付けなくてな」
 そりゃスイマセン。俺のせいですか、そうですか。
「それで気分転換に散歩でもしようかと思って、墓地の方へ来たのさ」
「それじゃ、校則違反じゃない。それにさっき墓地の辺りは物騒だって…」
「別に墓地に入ろうなんて思ってなかったさ。通りがかったら、話し声が聞こえたんで、覗いてみたらお前らの姿が見えたんだ」
 てことは何だ?さっきの草むらの方の音は、こいつかもしれないってことか?うーん、よう分からん。
「そんなことより八千穂―――お前こそ、何だって墓地にいるんだ?」
「あたしは、月魅の話が気になって…」
「七瀬?」
「うん。何かさ、この天香學園に秘密があるとか言ってるんだ。特に、墓地が怪しいって言ってたから、夜になったから見に行ってみようかな~って」
 へへへ、と笑う八千穂ちゃん。
 皆守が、まるでお前のせいか?とでも言うかのように俺を見るから、慌てて首を振る。俺は断ったんだぞ、一応。皆守は近付いてきて、さっきまで俺たちが覗いていた穴をちらりと流し見た。皆守が動くたび、やっぱり漂うラベンダー。そう言えば、さっきからこの匂いに包まれてる気がする。てことは結構前からいたってことか?
「暇人が……こんなシケた學園に何があるってんだよ」
「え~、でも先生や生徒が行方不明になったり、幽霊が出るとかいう噂があったり。絶対怪しいと思うけどなァ」
 満載な怪しさですけどね。でもここまで行動しようと思う子は八千穂ちゃんくらいだと思うよ?その行動力には頭が下がって地面にめり込むっつーの。
 八千穂ちゃんは、見つけた穴を嬉しそうに皆守に見せようとしている。あーらら、仲よさげ。このふたりって、そーなの?
 俺は、立て掛けておいたサブマシンガンをしまおうと抱えたが、またもそれを構えそうになる。
「誰だ……墓地に無断で入り込む者は?」
 キャー、びっくり。セーフティを外しそうになったが、誰だ、ときっちり聞かれていたことでそれを構えることはなかった。
 振り返ると、あれま~、しわしわ。
「きゃッ」
 八千穂ちゃんが叫んでなかったら俺が叫んでましたよ、ハイ。そんな八千穂ちゃんを安心させるように、皆守が前に出た。
「安心しろ、こいつが、墓地の新しい管理人だ」
 つまりは、墓守って事か?ホントだ。ちょっと化け物くさいけど、ちゃんと人間だ。
「誰の許可があって、墓地に入り込んだ?さっさと出て行け。さもなくば、土の中に埋めてしまうぞ」
「あら怖い」
「土の中は嫌か?安心しろ。棺の中は、すぐに酸素が無くなり意識などすぐになくなるからな」
「それであっと言う間に仮死状態で、アンデットの出来上がりってか。楽しいな」
 別に、喧嘩を売ってるつもりはないんだけど、どうしてもこういう言い回しになってしまう。これがトラブルの種になるってのも知ってるけど、やめられない。したら、またねぇ、この優しい皆守クンたらフォローなんて入れてくれたりして。
「こいつは転校生なんだ。勘弁してやってくれないか」
「ふん、また転校生だと?ひとつ墓石が増える事にならなければいいがな」
 不吉。墓守さん、もうちょっと友好的にいこうぜ。
「今回は見逃してやる。さっさと行け」
 そうそう。
「言われないでも出て行くさ。行くぞ」
 暗闇の中で、皆守の口元のパイプがぼんやり光り、それを目印にするかのように八千穂ちゃんが追う。俺は銃を担いで、墓守さんに手を振った。
「ほんだら、また~」
「もうここへは来るな……」
「さぁ……どうでしょうかね」
 無表情な墓守さんの顔からは、それ以上の何かは読みとれなかった。
 俺は踵を返して皆守と八千穂ちゃんを追おうとした。
 ……その時に、ふと、見上げた何かの建物の上に、誰かが立ってたんだ。見間違いなんかじゃない。なんとも、威圧感のある立ち姿で、確かに、俺と目が合った。コートを、着た感じの…あれは、誰だ?
 誰かさんはすぐに立ち去ってしまって、もうそれっきり。
 一体、何だったんだか…。

*  *  *

 寮の前で、俺は八千穂ちゃんと別れた。
 寮の玄関は施錠されていたが、皆守は非常階段から出てきたらしく、そっちから部屋に戻るのだという。
 俺?俺はこんな怪しげな格好で寮の廊下を闊歩するわけにいかないから、部屋から出るときに使ったザイルで戻ります。俺の下の階にはカーテンがかかってるし、気付かれてはないと思う。
「じゃ、俺はこっちなんで~」
「……サバイバルだな」
 垂れたザイルを見て、心底呆れたというような溜め息の皆守。そうね、俺も高校がサバイバルなんてちょっとイヤ。
「どう?皆守もこっちから、ほら、すぐ隣だし」
「結構だ」
 冗談だってば。
 俺は、ザイルに手を掛け、しっかり張って外れないのを確認してから、壁に脚をかけた。
「皆守……行かねぇの?」
「同級生が物騒なもの背負って真夜中に自分の部屋にロープで戻る姿なんて滅多にお目にかかれないからな」
「珍獣扱いですか…まぁいいや、俺の勇姿に惚れてくれ」
 自分でも何言ってるかよく分かってませんが。俺は同級生に見守られながら、コンクリに脚をかけて登り始めた。下の階のガラス窓は避けてきりきり上がっていき、ようやく自分の部屋の窓まで辿り着こうとしたときだった。
「すげぇな、確かに惚れそうだ」
「へっ?え?げっ!!!」
 皆守の呟いたような言葉だったが、元々聴力の良い俺は、辺りがクソ静かな事も手伝って、しっかりそれを聞いてしまった。
 窓の桟に脚を掛けていたのが外れてしまい、そのまま。
 あっという間に落下開始。何とか止めようと一度、二度、ザイルを握り直すが、それも無駄。落ちる力と体重と、握力のバランスが取れなかったのだ。マシンガンの暴発だけはいけないと咄嗟に思って、抜き取って、抱えた瞬間、衝撃。
「痛ッ……っ~…」
 大声を上げそうになって、それを何とか堪えた俺は、目の前に広がる夜空を見ながら、生きていることを確認した。
 三階から落ちた、ってことはどこか傷めたはずだ。これからの仕事に支障を来たさなけりゃいいけど…。
 吹っ飛んだ意識を取り戻している間に、何故か、後ろから漂ってくるラベンダーの香り。
 ???
「……ぉぃ」
「へ?」
「おい!さっさと退け!」
「え……うぉぁ、っ―――」
 叫びそうになった口を、皆守の手が覆う。絶叫、という事態は何とか避けられた俺だが、今度は酸欠に襲われた。
「み、皆守……何で、」
「お前が落ちてきたんだろうが!何であそこまで行って落ちるんだよ?ったく、信じられない奴だな」
「お前…」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。三階から、衝撃を和らげながら落ちたとはいえ、俺を受け止めたわけだ。普通に考えてこいつの方が、ヤバいんじゃないか。そう思ったら、もうダメだった。
「怪我……怪我は!?大丈夫か?頭打ったりとか、」
「なッ」
 怖いんだ。何がって、俺のせいで、誰かが傷付くのが、怖い。だから、皆守の心臓に耳を当てて、濁り、不整音がないのを確認すると、眼球の動きを見るために頬を両手でしっかり包んだ、その手を、逆に皆守に掴まれる。
「どうしたんだよ、一体………俺は、どこも大丈夫だぞ」
「頭とか、打ってないか?」
 不自然にカタカタと、声と、それから身体と、触れてる手が震える。落ち着け、大丈夫、とりあえず怪我してたとしても、大したことはないはずだ。そう、大丈夫。
「お前、震えてる」
 逆に皆守に心配されてしまった。その声と、頭ン中に染み込んでくるラベンダーの香りに落ち着かされ、なんとか、普段を取り戻す。
「ぇ……あ、ぁ、大丈夫、俺は全然!」
「ならさっさと退いてくれ」
 見れば、ずーーーーっと、俺は皆守の上。いくら俺がチ……あんまりでかくはないとはいえ、重くないはずはない。
「ごめんごめんごっ、」
「だから大声出すな!」
 また、皆守に止められる。スミマセン。いや、本当に。スミマセン。
 慌てて皆守から数メートル離れて、ほぼ土下座状態で頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんッ」
「何言ってんだよ、目の前で知り合いがぺちゃんこになるよか数段マシだ」
「さ、さいですか…」
 でもマジで、大したことなくて良かった。俺の両手は、まだ微かに震えている。その拳をきつく握って、呆れ果てた、という様子全開で見下ろしてくる皆守を、見上げた。絶対、今こいつ変だと思ってるに違いない。
「……とにかく、戻ろうぜ」
 皆守は、俺が放り出していたサブマシンガンを拾うと、俺に手渡してくれた。
「今日はあれ登るのやめとけ。その格好なんか言われたら誤魔化してやるから」
「…ありがと」
 この震えた手じゃ、たぶん登れないと思う。俺は、外作りの非常階段を登って、非常口から寮の中に入った。廊下は薄暗く、誰かが動く気配はない。皆守は俺の前を、周りを気にすることなくさっさと歩いていく。
 ……後ろから見ても、変な歩き方をしていたり骨格が歪んでいたり、みたいな顕著な症状は見られない。本当に大丈夫なようだ。
 誰にも会うことなく部屋の前へと到着。
「今日は夜更かししただけさっさと寝れそうだ。じゃあな」
「…申し訳ありません、何から何まで。あ、もしどっか痛むとかあったら、」
「大丈夫だって言ってんだろ」
 鍵を出すのに手間取る俺をよそ目に、皆守はすぐに部屋の中へと消えてしまった。
 嗚呼、本当にごめんなさい。死ぬほど反省してます。
 部屋の中に入ると、俺はそのまま脱力して、アサルトベストと服を脱ぐと、ずるずる身体を引きずるようにしてシャワーを浴びた。それから適当に着替えて、銃を放り出したままベッドにダイビング。
 基本的に俺は不眠症で、あんまり眠りも浅くない。身体は疲れているはずなのに、目を閉じても頭は覚醒したまま。慣れているとはいえ……しんどい。しかも、他人に怪我までさせそうになった夜だ。頭がどんどん醒めていく。
 ふと、鼻の奥にラベンダーの香りが甦る。と、いうよりはさっき密着したせいで身体に染み移ったのかもしれない。あるいは、一日ラベンダーの匂いの側にいたから匂いを覚えたとか。
 とにかくその匂いを、なんとなく追っているうちに、眠りに近い感じでうつらうつら、気が付いたら、眠っている俺なのだった。

End...