風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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1st.Discovery 謎の転校生 - Prolog -

 2004年9月9日、ヘラクレイオンの神殿――――

「おい、こっちじゃ―――」
 H.A.N.Tをアサルトベストにしまった時、俺はバディのじいさんに呼ばれて振り返った。
「へいへい」
「どうやらこの場所が、この遺跡の最後の区画らしいの」
 辺りを見回して、じいさん―――サラーという名らしい―――はふむふむと、納得したように頷く。
「間違いない。ここが、かの《ヘラクレイオンの神殿》じゃ」
「目的地、到達、っスね」
「ああ。しかも壁や床の感じからすると、まだ誰もここまで辿り着いた者はおらんらしい」
 ひゅぅ!そりゃようござんす。
「おそらく、この天井の遥か上は海じゃろうよ」
「怖いこと言わないでくださいよ。ヤだな、こんなとこで天井抜けたりしたら俺ら、一発で溺れ死にじゃないっすか」
「ははは、まぁ紀元八世紀から今までこうして在り続けてきた遺跡が、今このタイミングで崩れるなんて運の悪いこと、そうそうあることではないじゃろう」
 だと、いいけど。俺の運の悪さははっきり言って疫病神モノだ。何が自慢できる、と言ったら真っ先に『運が悪いことです!』って言えちゃうくらいのイキオイ。……言ってて悲しくなるんだけどさ。
 溜め息を吐いてじいさんを見ると、ありゃ、何だろ。目を細めて俺を見てきた。
「な、なんか、顔に付いてますか?」
「いや……《ロゼッタ協会》からこの遺跡の案内を頼まれたときには、まさかここまで来れるとは思ってなくてな」
「へ?」
「派遣されてきたのは日本に留学している儂の息子ほどにも若い新米の《宝探し屋》」
 へぇ、じいさんって息子、いたんだ。しかも俺と同い年くらいの息子がいるってコトは、結構老けて見えるけど、俺の親でもおかしくない年齢ってことだよな、この人。
「その初仕事として、このヘラクレイオンの遺跡は荷が重かろうと思ったが、中々どうして、筋がいい」
「…そうっすか?はは、さっきも罠に気が付かなくててんてこ舞いしましたけどね」
「いや、お前さんは何よりも―――何よりもいい瞳をしておる。その奥底に秘めた輝きが、お前さんがいつか、きっといつか―――いい《宝探し屋》になるであろうことを予感させておるよ」
「それは……そんなのは、買い被りっすよ。俺はそんなすごい人間じゃない」
 じいさんの慈愛に満ちた眼差しから逃げるように、俺は探索に努めた。
 そうだ。俺は、他人に褒められるような、立派な人間じゃない。認めてくれるのは素直に嬉しいと思うけど……たぶん、ただの過大評価。
 ま、いいや。
 とりあえず、ここが海の下だって物語っているような滝に押し流されそうになりながら、どうにか扉へ辿り着いた。ゴーグルが防水加工で良かった。じいさんは、と見ると、水の勢いが強い部分ではなくて滝の下をくぐってこっちまでやってきた。そうか、その手があったか、くそぅ。
 次の区画は、でかい石版がでーんと一個、そして四方には黄金に輝く獅子の像。うーん、ひとついくらで売れんだろ。持って帰りたいぜまったく。
「不気味な場所じゃのう」
「賛成。なんか出そうっすね」
 それは遺跡全体に言えることだけど、このお札みたいなんが張られた壺とか、見るからに妖しげ。
 それは置いといて、ひとまずは石版の解読作業に入る。《宝探し屋》の基本とも言えるこの解読作業だが、俺はこれがどうも苦手だったりして。うーん、だの、はー、だの、ひー、だの。散々呻って、何とか解読。
『《4匹の猛き獣》が向き合う時、《東への扉》は開かれん』
 見れば右手の方向に扉があるのに、今気付いた。
「あれか」
「4匹の猛き獣、黄金の獅子のことじゃな」
「そういや、全部真ん中向いてるっスね……一個、足んないけど」
 で、あつらえたように奥に一つ、ヒビの入った壺が。一瞬、これ、罠?とか思ったけど、まぁ何しろ動かなくちゃ仕方ない。手を突っこむのも怖いから、持っていた銃で壺を破壊した。
 中から出てきたのは、ビンゴ!金のライオン、欠けた一匹だ。
「これを、真ん中向きに、ほいっとな」
 すると、ゴォォォォッという音と、がちゃりというどこかで鍵の開くような音。東への扉は開かれん、てことだから、きっとさっきの扉が開いたんだろ。
 俺とじいさんが、その扉に向かおうとした時、何やら嫌な予感。人生、そう簡単にはいかないのね、こんなところで教訓。胸に刻みまショ。
「うぇ、でけぇサソリ。刺されたら全治5年って感じ」
 虫大好きって人間もあんまりいないと思うけど、俺も多分に漏れず好きじゃあない。でも、殺らなきゃ殺られるってサイズ。なら、きりきり殺りまショ。
「やはり罠だったか、武器を構えて…」
「下がって!」
 忠告を聞かないわけじゃないけど、『こういう奴ら』に対する戦闘のノウハウはちゃんと教わってるからダイジョーブ!
 俺は背負ってたMPシリーズを引き抜いて構えた。サブマシンガンは連射性がウリだけど、こんな虫殺すのに何発も撃ったら恥だ。
「サソリサソリ、弱いのって、どこだ?」
 シッポを撃ってみるけど、あんましダメージなし。だったら、
「こっちか!?」
 頭を撃つと、おーいぇ、サソリは身体を失い、ひゅるるぅっとどっかに消えた。弱点は頭らしい。俺はもう一匹にも銃を向けて、頭目掛けて撃った。
 アーイ、ウィン。
「さて、行きますかね、奥に」
 じいさんを振り返ると、何だかビックリしたげな顔。驚きますか?こんなガキが、銃を使えて。ま、そんな世の中、せめて儚んでくださいな。
 次も、何だか水っぽい部屋で、向こうの方にちっさくワイヤーガンの引っ掛かりそうな突起が見える。でも、こっからじゃどう考えても届かない。
 で、目の前には苦手な石版て、これどーよ?くそ、七面倒くせぇ…。
 ギリギリ歯軋りしながら解読していくと、どうやら左手側にあるアヌビスを象った像を、奥の縁に寄せて、右っ側と同じ方向を向かせればいい、らしい。《冥界の神》《並ぶ》《南》が解読できんたんだからいーんだ!それであってる!きっと、多分、あってる、と、いいなぁ…。
 だんだん萎んでいく自信を奮い起こして、アヌビス像を指定位置(だと思ってる場所)に置いて、今入ってきた扉の方向を向かせた。
 すると、
「おお!島が浮いてきたぞ」
 水面に浮島。あそこまでならジャンプで跳べる、と思う。
 俺は目の前の間隔の空いた足場に着地すると、後から来るじいさんに手を伸ばす。したらじいさんは少し驚いたような顔で俺の手を取り、
「ありがとう」
 と微笑った。いや、だから…これくらいのことでんな感謝されてもこっちは身持ちが困るっつーか、なんつーか…。まぁ、いいや。
 それから、見えていた突起にワイヤーガンを発射して、一段高い区画に降り立った。すると、また目の前に石版。
「で、次は何だぁ?」
 ちょいとアクションと解読続きで疲れ気味。いい年した若いモンが?そーね、ごめんなさいね。
 一応、右っ側に扉があるから押してみたものの、やっぱり施錠されていてウンともスンとも。やっぱり、読めと?嗚呼、読めと。ふん、読んでやるさ、けっ!とやさぐれた気持ちになりながら石版の解読作業に入ろうとしたとき、ふと目に入ったのは、壁に空いた小さな隙間。小さな、って言っても人間ひとり、這って通るくらいならできそうな感じの。
 石版の最初、《頭を垂れて》というのを見つけて、俺は最後まで読まずにその穴を通ろうとした。
「だ、大丈夫なのか?罠かもしれんぞ?」
「たぶん、ヘーキっすよ。そこで待ってるのも危ないかもしんないんで、こっち、来てもらえます?」
「ああ…」
 心配しながらも付いてきてくれるってコトは、少しは信用してくれてんだろうか。遺跡ではバディとの信頼関係が大事っていうけど、確かにそうかもしんない。俺を信用してもロクなこと、ないとは思うけどね。
 でも今度は正解。ヘビの形をしたスイッチみたいのがあって、それを引くとどっかでまた、解錠する音がした。ついでに、横には部屋が。
 入ってみると、そこは井戸。開けた途端に、なんとも言えない、泣きたくなるような安心感に満たされて、俺は思わず溜め息を吐いていた。
「美しい場所じゃのう…不思議と疲れが癒されていくようじゃ」
「落ち着きますよねぇ」
 ここで一服、とかしたいけど、あんまり長居できる時間もない。すぐに部屋を出て、開いたであろう扉を再度押すとやっぱり開いていて、そこから次の区画へと移った。
 あー!また石版!もういいよ、勝手にやるよ、知らないよ。
 部屋にふたつ置かれている瀟洒な箱を開けると、硝酸と塩酸。扉には、黄金の鎖。そういや、H.A.N.Tに調合の仕方とか書いてあったよな。確か、硝酸と塩酸で…
「《王水》完成!」
 テレレテッテレ~、なんて効果音がほしいくらい。
 扉を開け、中の通路を進むと、梯子。降りた直後に、
「ここにもおったか…」
 あーあ、サソリ密集。
「落ち着いて一匹ずつ始末していくんじゃ」
「ガッテン、承知のスケです」
 相手の動きが緩慢なのを幸いに、俺は慎重に狙って、狙撃するように一匹ずつ仕留めていく。どれも一発ずつ、パーフェクション、ってね。
「お前さんは中々素質があるようじゃのう。将来が楽しみだわ」
「…ども」
 明るい将来ですか?どーでしょう、ね…。俺の《宝探し屋》としての資質の中で、唯一及第点と言えるのがこの銃の腕くらいなもの。他は、あの碑文解読能力のなさに見えるように、かなり酷いのですから。ええ。
「にしても、この部屋広いっすね」
「うむ…」
 他に何か仕掛けがないか部屋を一周してみて、とりあえず妖しげなモノがないのを確認し、部屋の中央に置かれた祭壇のようなモノの前に立った。
 ……また、碑文くさい。もう嫌だよ俺は、と思ったのだが、何だかかなり小振りだ。もしかして、取れる?
 手を伸ばすと、案の定、ごとり。取れたよ!しかも、
「任務成功じゃな!」
 ってことは、これが《ヘラクレイオンの碑文》!?あら、あっさり。こんな簡単に伝説の海底都市、とか言われている遺跡の碑文て、手に入るモンなの?
「なんか、簡単すぎません?」
「だが、おそらくこれに間違いはないぞ?簡単と思えるのだとしたら…やはりそれはお前さんの能力が高いおかげじゃよ」
 ……そーかぁ?なぁんか、引っかかる。
 首を傾げながらも、促されるままに元来た道を戻ろうと、俺たちが踵を返した、その時。
 H.A.N.Tが危険を告げてきた。まるで地震のように足場が揺れ、咄嗟に考えたのは天井が抜けて溺れる!?ってことだったんだけどそうではなくて。
「な、何じゃこの揺れは……!!?」
 どこからか物騒な鳴き声、それと目の前に、巨大な影。
 犬、犬だよ、犬。でっかいワンコ。いや、そんな可愛いモンじゃない。額のぱっくり裂けたワン公が、突如現れたのだ。腰を抜かしてもいいですか?ダメですか、まあ、そうだよね。
 目の前に化けモンがいるのにボーッと突っ立ってるワケにもいかなくて、俺は呆然としているじいさんをひっつかまえて柱の陰に入った。そこから、上に乗ってる人影らしき物体を撃ってみるが、あんまり効果はないらしい。
「どんな化け物にも弱点がどこかに必ずあるはずじゃ!」
 ですよねぇ、問題は、それがどこか、ですよ。
 俺が銃を引っ込めるのと同時に、化けモンが動く。けれど柱の陰に隠れていたおかげで、相手が動く前に装備を変えることができた。
 銃でちみっちぃダメージを与え続けるよりは、これでどうじゃぁ!
 投げたガスHGはワン公の鼻先にヒット!これがなんと効いたらしく、立て続けに三発投げると大分弱ってきた様子。トドメにサブマシンガンを散らせると、現れたときと同じようなでけぇ咆吼の後、ワン公は消滅した。
「はぁ……っ、はぁ…き、消えた?」
 倒した?勝った?俺ら、生きてる!?まるで俺の質問に答えるように、H.A.N.Tは、
『安全領域に入ります』
 だってさ。あー、良かった。
 しゃがみ込む俺の横で、じいさんは柱から出ると、ゆっくり辺りを見渡した。
「見るがいい。あの化け物の消滅した身体からカァが抜けて、壁に吸い込まれていったわい…」
「か、カァ…?」
「そうじゃ。生き物は、死が訪れると魂は《バァ》と《カァ》に分かれるといわれておる。《バァ》は肉体から離れるが、《カァ》は肉体に留まり、供物を食べて、墓と死体を永遠に守るといわれておるんじゃ」
 供物を食うなんて罰当たりな。地蔵に供えられたまんじゅう食うようなもんじゃねーかよ、汚ぇなぁ。
「今の化け物が、おそらくこの遺跡の墓守じゃろうて」
「この、ってことは…」
「お前さんがこれから探索することになるいくつもの遺跡にも、同じような墓守はいるじゃろうな…」
 げーろげろ。ヤな感じ。これからの俺の《宝探し屋》人生に暗雲でろんでろん。
「さァ、遺跡を脱出するぞ。あの化け物が出てきた穴は、きっとこの遺跡を巡る回廊に繋がっている筈じゃ。そこを上れば、何とか地上に戻れるに違いない」
「さすが、案内屋さん、っすね」
「はは、仕事じゃからな。……まァ、それも回廊の先が行き止まりでなければの話じゃがな」
「不吉なこと言わないで下さいよ、俺、マジに運悪いんすから」
 凹み気味の俺の肩を、じいさんが元気づけるように叩く。
「とにかく、行ってみるとしよう―――」

*  *  *

 回廊の先は、……なんというか、案の定行き止まりだった。
「あ゙ぁぁぁ!だから言ったでしょ!俺の道に輝ける未来なんて無いっ!くそぅ!」
「ほれほれ、そういうでない」
 諦めて元来た道を順に戻ろうと思い付いた俺に構わず、じいさんは周りの壁を調べて回った。
「おい―――」
「出口っスか!?」
 おぉう、俺の未来に幸あれ!!
「微かに風が吹き込んで来る。ここから外に出られそうじゃ」
 じいさんは脆くなった壁を手で壊し、穴を開けた。外から差し込む陽の光。何だか、すげぇ久しぶりに見た気のする光に、一瞬目を灼かれそうになって腕で目を覆った。
「ほれ、この穴から……」
 伸ばされた手を、俺が掴もうとした、瞬間。
 ………ほれ、俺の運の悪さは健在だ。しかも、超弩級の奴が、最後に待ってた気分。
 長めのライフルの銃口が、寸分違わず、じいさんの頭を狙っていた。しかも、突き付けられた銃の数は、一本や二本じゃない。
 ここはとりあえず俺も出て行った方が良いと判断して穴から芋虫のように這い出すと、待っていたのは拍手だった。
「御苦労だったな」
「おッ、お主は……」
 そこにいたのは、とりあえず変な男だった。まず、砂漠にスーツ。そこから違うっしょ?で、横にはナイスバディなお姉ちゃんが侍ってる。それが羨ましいっしょ?それに顔なんか乾涸らびたようにからっから。そんなんにはなりたくないっしょ。
「このような東洋人の若者が、部下をも命を落とした―――死の遺跡より生還するとはな」
「そりゃどうも。変な運は強いんスよね、悪運、つーのかな」
「ほほぅ?皆、称えよ。手を掲げ、打ち鳴らすがよい」
 変なおじさんにそこまで賞賛されたくない。過度な好意には気を付けろって、曾祖父ちゃんが言ってたってことにする。顔、知らんけど。
「黄金の港と称され、紀元八世紀にアレクサンドリア沖に没した古代都市ヘラクレイオン。未だ、その多くは謎に包まれ、どこに所在したのかも定かでは無い。それもそのはずだ。時の王家、プトレマイオス朝が築いた神殿は一つではないのだからな。無数の門たる神殿とひとつの真実の神殿。門に眠る碑文は、その真実の神殿への道を、」
「んで、用件何!?長ったらしい前置きとか、いいから何だよ!?」
 放っておいたら延々と続きそうなおっさんの蘊蓄というか前置きというか。いいから、砂漠は熱暑の!アンタみたいにパラソルとか、こっちないの!
「短気はいかんな…」
 あー、そっ、スイマセンでしたー。
「だが、せっかく秘宝を手に入れてくれたのだ。敬意を表し、その名を呼んでやろう。
 《宝探し屋》――――とな」
 ……正体を、知ってるってワケね。一体なんだ?こいつら。周りの兵隊さん達も、なんか尋常じゃない。
「そりゃ、どーも。嬉しかねーけどな」
「その名は本意ではない、と?これは異な事をいうな。君たちのような薄汚いこそ泥にとっては、最大の褒め言葉だろう?」
 ハイ決定。ヤなやつ。てか、《宝探し屋》を敵視するってことは、組織的に見ても味方じゃない。
「お主ら、一体…」
「我々は、古に失われた宝をこの世に解き放つ為に地上に遣わされた者達だ」
「宝を? そうか……、聞いた事があるわい。秘宝の力を悪用し、この世界を支配しようと目論む邪悪な意志をもつ連中の噂を」
 じいさんが言い切るか、言い切らないか、言葉の終わりを待たずに彼は兵士に殴り倒された。
「うぐッ……」
「おいっ!!」
「口を慎め。我らの崇高な使命を冒涜するような言葉は口にせぬ事だ」
 崇高な人間は後ろから人を殴り倒したりしねぇっての。
「人殺しめ……」
「君達は大きな誤解をしている。私は流血は好まない。あくまで、紳士的に交渉したいだけだ。同じ秘宝を探す友人としてね」
 とりあえず、無視。俺にはワケの分かんないおっさんより、今まで一緒に行動を共にしてきたバディのがよほど大事だ。
「じいさん!」
 途端に、俺の顎にも、ライフル。動くなってか?にゃろう…。
「愚かな……では、そろそろ渡してもらおうか?《王座の碑文》を」
「《王座の碑文》……ああ、あれか」
 最後の間で抜き取った、小さな碑文を思い出す。あれを寄越せだと?できるかバーカ、今回の任務はあれが目的だっつーの。
「ざけんな、じじい、そのままどっかで乾涸らびてろ」
「……君ひとりではないということを忘れないことだ」
 じじいが、兵のひとりに、じいさんに銃口を向けさせる。  あぁ、人質ってか。汚ないけど、常套手段だ。
「……分かったよ」
「わしのことは構うな。何があっても、そやつに《秘宝》を渡してはならん!」
 俺がアサルトベストの中から碑文を取り出そうとするのを、じいさんの手が止めた。
「でも、」
「アラーの眠りを妨げる者、死の呪いに憑かれる運命なり!」
 じいさんの目は本気だった。渡すな、と。命よりこの《秘宝》の行く末を案じている。それだけ、こいつらはたちが悪い、そういうことだ。
「だが、そのアラーの眠りを醒まし、そして墓守まで葬り去ったのは貴様らの方だろう?」
「だからってあんたが持ってていい言い訳にはなんねーと思うけどな」
 そろそろ、キレ気味な俺を一瞥すると、男は溜め息混じりに言う。
「ふん……。《秘宝》は探し出されるのを待っている。自らを真の姿に戻してくれる者を待って……な。そう、私のような者を」
「戯言じゃ」
 つーか、あんたじゃない。あんたの元は嫌だって、俺の手の中の碑文も言ってる、気がする。
「どうやら、これ以上話しても時間の無駄なようだ……。殺れ―――。ただし、《秘宝》に傷を付けないように注意しろ」
「はッ!!」
 がちゃりがちゃりと、四方八方、俺らを銃が囲み、セーフティまで解除される音がする。いよいよ、ヤバげ。逃げ場なし、勝ち目なし。頭の中で状況を打破する方法をいくつも考え、可能性が高いものがないか組み立てる。
 けれど、ろくな方法が浮かばない。なんせ、人質がいる。男は勝利を確信しているのだろう、顔に恍惚を浮かべている。
「ふふふっ。これぞ《秘宝の夜明け》だ」
 れりっくどーん…?どっかで、聞いたことあるような。
 場違いな場面で俺の思考は瞬間的に記憶の中をさまよいだした。はい帰っておいでー、今帰ってこないと永遠に帰ってこれなくなるかもしれないよー、なんてったって、俺自身が、死ぬかもしれないのだから。
 死ぬ。そう、死んでしまうかもしれないんだ。死んだらもう、戻ってくることはできないのだ。俺は、まだいい。死んでも悲しむ人間はいない。けどじいさんは、じいさんはあんなに優しい目で話していたじゃないか。日本に、息子がいるって。俺と同じ年くらいの。もしここでじいさんが死んでしまったら、残された息子は悲しむ。それはもう、ショックで気が狂いそうになるほどに。
 あの喪失感を、誰かに味わわせる?―――ダメだ。
 気が変わった。碑文を渡せば見逃してくれるかもしれないなら、そうすればいい。人の命より大切なものはない。今更、と言われるのならじいさんだけでもいい。
 俺が、クソジジイを見上げると、逆光が目に入り、一瞬くらりと目の前が揺れた。そのせいか、耳の奥で何かが泣いているような声がし、これが幻聴かぁ、と思ったのだが。
「な、何だ!?この声は!?」
 どうやら、俺の空耳ではなかったらしい。そこにいる全員が、その声を聞いてる。俺の背筋を、もの凄い悪寒が駆け抜けていく。
「墓に封印されていた死者のカァが血と肉を求めて、溢れ出てきたのじゃっ!」
 脳裏に、さっきのじいさんの言葉が甦る。
『アラーの眠りを妨げる者、死の呪いに憑かれる運命なり!』
 本当に、出てきやがった…?
 あっという間に声は増大し、辺りには暗い砂の塊のようなものが浮遊している。寒気は、最高潮。
「ちっ、化け物めッ! 撃て、撃てッ!」
 号令と共に、俺らに向けられていたライフルが全て浮遊するものに向けられる。だが、まったく効く気配がない。古今東西、実体のないものに現代兵器は効かない。俺にも斃せない。だから、ダメだ、こいつらは、
「おい、何をしておる! 今のうちに逃げるぞ!!向こうの砂漠を越えれば、確かオアシスがあった筈……」
 気配に『飲み込まれ』そうになる俺の腕を、じいさんが掴む。
 一瞬で正気を取り戻した。逃げるには今しかない。兵達全員、俺たちからは注意が逸れている。俺もたいがい運が悪いけど、何とか命だけは助かってきた、その悪運に今は賭けるしかない。
「この装備で砂漠を越えるのは自殺行為かもしれんが、ここで殺されるよりはマシじゃ。行くぞッ!」
「…ういっスッ」