風云-fengyun-

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***since 2005/03***

| Prolog | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |

1st.Discovery 謎の転校生 - 1 -

 あの後……レリックドーン、とかいうヤツらから逃げ出した俺とじいさんは、オアシスがあると見当を付けていた場所で行き倒れていたところを、ロゼッタの医師によって救出された。H.A.N.Tからのヴァイタルサインが受信されてなければ発見が遅れてアウトだったらしいが、ところがどっこい、悪運だけは強いんよ?俺ってば。軽い脱水症状と脳震盪だけで済んだのも悪運、故。
 そこで看護士さんからは『砂漠で遭難しかけるなんて情けない』と扱き下ろされたが、凹んでる間もなく次の依頼のメールがH.A.N.Tへと送られてきた。
『天香學園高等学校』という全寮制の日本の高校が、次の目的地だ。日本―――日本だ。
 俺の生まれた国…ってのは取り敢えずいいとして、日本の高校に秘宝?とめっちゃ疑問符。普通はねーだろ、学校に秘宝って、どんなとこだよ、オイ。
 しかも東京新宿。都会のど真ん中に、ねぇ?
 だがこれも仕事だ。依頼されたからには行かなくてはならない。
 俺は飛行機の中で診てくれた医師にレリックドーンの話を聞き、高校転入に関する書類を書かされ、なんとまぁ、その足で日本へと降り立った。
 仕事が早いぜ、つーか、早過ぎるぜ。まだ心の準備も出来てねーっつーの。
 で、マジでそのまま、じいさんにちゃんと別れも言うことができないまま、俺は日本で降ろされ、一週間とちょっとホテル暮らしをして、すぐに転入手続きを取らされた。
 9月21日、ヘラクレイオンの遺跡に潜ってから、ひい、ふう、みい…約二週間で、俺は今、新天地天香學園にいるわけです。転入は明日だけどもう寮には入れるんだそうで、ペイっと放り出されてしまったのですよ。ははぁん、もう何でもドンと来いだ、ちくしょうべらぼうめッ!
 やさぐれついでに、学校の校舎へ向かう前に、この學園に変なところがないか回ってみることにしたんだ。でもさ、別に至って普通の学校なんだ、これが。やたら敷地が広くて学校ん中に何でも揃ってるって以外は。
 一体ここのどこに、秘宝で遺跡?分からん。
 うーん、と呻りながら歩いていくと、なんだか不思議な場所に出た。
 石がずらりと並べられている、この雰囲気は―――墓地だ。墓。お墓だよ。
 うわ、妖し!学校の中に墓って、何!?
 俺はこういう集団墓地ってあんまり得意じゃないんだけど、恐る恐る、中に入ってみた。まさか真っ昼間っから俺の嫌いな彼らが出るはずもなく、途中からは結構落ち着いていられた。
 ……なんだろう、墓なのにイイ匂いがする。線香?いや、そーいうんじゃなくて、もっと、こう、ふわっとしたイイ匂い…。
 その匂いに導かれるように進んでいくと。
(やべッ!人だ!)
 ある墓の前に、誰かが佇んでいた。肩に掲げた花束のせいで顔は分かんないけど、学生服を着てるから多分この学校の生徒だ。
 俺は、何となく見つかってはいけないような雰囲気を察し、近くの墓石の影に身を潜めた。…なんか変な感じだ、墓石に隠れるってのは。
 その墓石からちょっとだけ覗いてみると、しばらくその生徒さんは墓石の前に立ったままで、それから、何故か、まるで俺の気配を察したかのように辺りを見回す動作をした。
(ぎぇぇっ!)
 今見つかったら、俺は確実に変な人だ。何てったって墓石の側で蹲って、覗き見。ぜってー見つかりたくねぇ…。俺は目を伏せると息を殺して、見つからないよう祈りながら、結構な時間、待った。
 すると、遠ざかっていく足音。思い切って顔を出してみると、もうそこには誰もいなかった。
 さっきの墓前に供えられていたのは紫色の小さい花を無数に付けている、この花は―――ラベンダー。イイ匂いの正体はやっぱりこれだった。墓にいるってのに、どこか落ち着いた気分になる。
 墓石には、名前がなかった。名もない墓石。一体、誰の墓なのだろう。まぁ、誰であっても、こんな優しい匂いの中で眠れるのなら……案外幸せかもしんないぞ?けれど墓に似つかわしくない花、こんな花を添えようなんて考えるさっきの生徒さんも、相当この下で眠る人間に思い入れがあったんだろうなぁ。
 ……なんだか、胸の奥がすーんとする。この『すーん』て感覚は、俺がいつも泣きそうになるときに起こる感じだ。やばいやばい、泣く泣くと思って、慌てて俺は鼻を押さえた。
 いかん、いかんぞ九龍!!何、墓でおセンチ炸裂させてる!?泣くな!泣くんじゃない!
 他人の墓なのに何故か、本気で泣きそうになり、俺はダッシュで寮へと戻った。そうそう、そうだ!寮に提出しなきゃならん書類があったんだ!それを書こう!書いて、落ち着こう!
 ワケの分かんない焦燥感に取り憑かれて、俺は、走りながら泣かないよう必死に鼻を押さえるのだった。

*  *  *

「みんな、静かに」
 視線、視線、視線の嵐の中、俺は一体どこを見ていいか分からず定まらない視線を、取り敢えず足下に向けてみた。上履き、実はちょっとでかいんだよなぁ。あの書類を書く欄に、足のサイズとかも書かせてくれればピッタリの上履きが来たのかもしんないのに。制服はピッタリなんだからさ。
 良い感じで思考を教室からぶっ飛ばしてた俺は、いつの間にか自分の紹介が終わってたことにまったく気付かなかった。
「お互い、卒業まで頑張りましょうね?」
 雛川、という若くて可愛い感じのする担任の先生が笑いかけてくる。
「あ、ぇ、ぁ、はい、はいはい!よろしくお願いします、こんな可愛い先生のいる学校なら、死ぬ気で頑張りますよ、俺」
「あッ、あの……葉佩君ったらッ、先生をからかわないで」
 あー、らま、真っ赤になっちゃって。可愛いなぁ、この先生、マジに。普通にストライクゾーンだよ、どーしましょ。
「嫌だわ、私、赤くなったりして……そ、それじゃあ、葉佩君の席は―――、」
「ハイッハイッ!!」
 雛川先生の声に被せるようにして、こりゃまたテンションの高い声。見れば窓際の席で、お団子頭の女の子が手を挙げている。あら、可愛い。この学校、女の子のレベル高い?
「なァに、八千穂さん」
「あたしの隣が空いてま~す」
 おッ!おぉ!
「そうね、この間の席替えで丁度、空いていたわね」
 おぉぉぉぉ!!
 俺、一度やってみたかったんだよね、可愛い女の子の隣の席!今までまともに日本の学校に通ったことなんてなかったからさ、こういう青春クサイの、良いなぁ♪
「きゃ~、明日香、積極的~ッ」
「ずる~い、自分だけ~」
 あちこちで声が挙がる。……なんだろ、ちょっと人気者になった気分。珍しいだけ?あ、動物園のパンダか。
 八千穂、明日香と呼ばれた女の子は(どっちが名前でどっちが名字だ?)、そんなんじゃないよと否定しながら、俺の方を見た。目が、合う。すると、どっか照れたように微笑うんだ。……可愛い。マジ、可愛い。
「それじゃ、葉佩君。八千穂さんの隣の席に。何か分からないことがあったら、八千穂さん、教えてあげてね」
「は~いッ」
「それじゃ、席について。出席をとります」
 俺は半ば『八千穂ちゃん』の可愛さにボーッとなりながら、指定された席まで向かった。
 それからの授業?知るか、ずっと八千穂ちゃんばっか見てたっつーの!

*  *  *

 俺にとっては聞き慣れない音、それが、チャイム。
 何だか聞き慣れてないのに懐かしい気がするのは何でだろ?
 そのチャイムと共に、教室の緊張感は一気に解放された。俺も、大きく伸びをする。朝から数時間、椅子に座りっぱなしで筋肉が凝ってる。
 ああ、教室中から『学食』とか『一緒にご飯』とかトキメキの単語、大放出。いやん、素敵。
「葉佩クンッ」
 伸びをしたまま声の方を見ると、にこにこしながら八千穂ちゃん。
「葉佩九龍クン……でいいんだよねッ。あたしは八千穂明日香」
「ああ、八千穂ちゃんて、八千穂が名字で明日香が名前だったんだ」
「そう!結構珍しいでしょ?」
「だよな、あんまり聞かない名字と名前の組み合わせだ」
 何だろう、この普通の高校生的な会話は。それを自分がその会話をしているという事実に感動すら覚えるよ。
「へへへッ。どう?この學園は?楽しくやっていけそう?」
「そりゃ、もちろん!八千穂ちゃんみたいな可愛い子の隣の席ってだけで、充分楽しいよ」
 思ったまでを言っただけ、なのに八千穂ちゃんは、
「あははッ、葉佩クンも大袈裟だなぁ」
「大袈裟、かぁ?」
「それに、さっきヒナ先生にも同じようなこと言ってだでしょー」
 そう言えば。でも、可愛い子には可愛いって、言っておいた方がいいと思うぞ、俺は。素直にいこうよ、ね、素直に。
「……っと、あたしはこんな話をしたいんじゃなくて~」
 あらら、そうなんですか。
「丁度、お昼休みだし、校内を案内してあげようと思ってたんだ。ほら、早くしないと、お昼休みが終わっちゃう。行こッ!」
 そう言って、八千穂ちゃんは半ば強引に俺の手を引っ張った。こういう積極的な子、嫌いじゃない。むしろ好き。
 それに、昨日は見れなかった学校の中を案内してくれるって言うんだ。付いていかない手はない。どっちにしろ、ひとりでも回ろうと思ってたのを案内してくれるってんだから手間が省ける。
 ここは三年の教室が並ぶ三階。八千穂ちゃんはまず階段を降りて二階のフロア移動した。着いたのは、図書館。
「ここが図書館だよ。たくさん本があるでしょ」
「ああ、こりゃ、凄いわ」
「この學園が創立されたときから遺っている本もあるんだよ」
 それじゃあ、この學園のどこかにある秘宝や遺跡の情報が書かれた本もあるかもしれない。
 本を読むことは嫌いじゃない。商売柄、ってのもあるが、実は《宝探し屋》になる前からだ。だって、楽しいだろ?読書。……言っとくけどエロ本読むのが趣味、とかじゃないからな。
「奥の本棚が書庫室なんだけど…確かこの辺りに図書委員の子が隠した鍵が……どこだったっけなァ」
 どこだった、って…。
「そ、それって不法侵入じゃあ…」
「古人曰く―――、『書物には書物の運命がある、運命を決めるのは、読者の心である』」
「どわぁぁッ!!」
「図書館ではお静かに」
「は、はい」
 俺の後ろに、気配もなく立っていたのは、眼鏡を掛けた大人しそうな女の子だった。でも、いきなり不意打ちはビビるだろぉ。
「本をお探しですか?え~と…、初めて見る方ですね」
「どーも、3年C組に越してきました葉佩九龍です」
「初めまして。私の名前は七瀬月魅といいます」
 軽く、会釈をする七瀬ちゃん。ちょっと知的な雰囲気があって、宜しいんじゃないでしょうか?
「ここの本を管理する図書委員をやらせて頂いています。ここにある本のことで分からないことがあったら、何でも聞いて下さい」
 じゃあ彼氏いますか?なんてことはもちろん聞けるはずもなく。だって、こういう子は真っ先にそんなこと聞くヤツ、嫌だろ、普通。
「そうだな、たぶん図書室には結構来ることになるから、よろしく、七瀬ちゃん」
「はい、いつでもどうぞ。そうだ、あなたに友情に関する言葉を教えてあげましょう。
 古人曰く―――」
 出た。これ、口癖なのかな?
「『友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である』
 真の友情とは、長い時間を掛けて育まれていくものです。ですが、それが始まるきっかけは、至る所にあるのです」
 ……時間が実らせる、果実か。なら俺には、この學園では真の友情とやらを見つけるのは難しいかもしれない。なにせ、いられる時間が少ないのだから。
「『友人がなければ世界は荒野に過ぎない』
 心を閉ざさなければ、きっとこの新たな場所で、多くの友人が出来ることでしょう」
 それも、無理だ。友人がなければ世界は荒野。俺の今までの人生は荒野、って?まぁ、そうかもしんないな。
 俺が七瀬ちゃんから目を逸らせ、彼女の持つ本を見ていると、
「あ、月魅ッ!いつからそこに……」
「八千穂さん……何か探しものですか?」
 どうやら、ふたりは『時間が実らせた果実』の関係らしい。いいね、楽しそうで。女の子同士の友情って見てて微笑ましいなぁ。
 会話はそっちのけ、話に花を咲かせるふたりを眺めていた俺は、突然話を振られてビビる。
「葉佩さん《超古代文明》という言葉を知っていますか?」
 い、一体どういう会話の流れをしたらそんな単語が出てくるんだよ、オイ。不思議なふたりだ。
 まぁ、単語自体には聞き覚えがあるから、とりあえず知ってるよ、と答えておく。オーパーツとか、そういうヤツの諸々のことだろ?詳しいことは知らんけど、遺跡に潜っていて、たまに出土することがあるっていうことは知ってる。
「《オーパーツ》と呼ばれる古代の遺物の存在を見ても分かるとおり、確かに地球上に高度な文明が栄えていたという可能性は否定できないんです」
「《超古代文明》かァ…。まッ、まァ、そういう歴史のロマンっていうの?想像すると楽しいよね」
「八千穂さん……馬鹿にしてますね?」
「そ、そんなことないよッ!ねぇ、葉佩クン」
 で、どーしてそこで俺に振る!?かといって答えないわけにもいかないから、一瞬考えて、
「可能性ってのは、どこまで行っても否定しきれないもんだとは思うよ。前遺物にしても、解明されてないことは多いんだしな」
「ほら、葉佩クンだって、興味持ってるじゃない」
「私の話を熱心に聞いてくれてちょっと嬉しいです」
 ていうか俺はただボケッとしてただけなんだけどさ。ちょっとでも、遺跡の核心に触れる話に近いなら、労力は惜しまないよん。
「葉佩さんは本当に《超古代文明》は存在したと思っていますか?」
「思ってるよ。少なくと、否定はしてない」
「そうですよねッ!《超古代文明》が存在したのか否か―――はっきりとした証拠がないということは、逆にそういう文明が存在しなかったとも言い切れないという事ですからね」
 そうですね。まぁその逆に、存在していたとも言えないけど、ンなこと言ってたら堂々巡りで日が暮れる。
「実は結構すぐ近くにも、そういうものってありそうに思うんだけど…」
 七瀬ちゃんなら、もしかしたらこの膨大な著蔵の中から遺跡に関することを見つけ出しているかもしれない、という意味での投げかけだった。
 したらビンゴだ、食いつきは完璧。
「実はですね…。私が思うに、この天香學園にも何か大きな秘密が隠されているような気がするんです。書庫室に収蔵されているこの学園の歴史などが記された古い文献を読んでいると、いたる所にそういう謎めいた遺跡が残されています」
 ふんふん。やっぱ、ね。
「この學園に秘密ゥ?」
「はい。私は墓地が怪しいと睨んでいるんですけど」
 だろう、な。だって妖しすぎるぜ?いくらなんでも、学校に墓は、ねぇ。
「校則で、墓地への立ち入りは禁止されているけど、確かに、あそこは怪しいよねぇ」
 腕組みをする八千穂ちゃんの隣で、俺はマジで考えた。立ち入り禁止……昨日、俺はあそこで生徒を見たぞ?
 それを言おうか迷っていると、突然七瀬ちゃんの大声。こらこら、ここ図書館。
「ああ、もうこんな時間に!!昼休みの間に貸し出している本を回収しなくちゃならないんだったわッ。すいませんが、続きはまた今度。図書室も鍵をしめて行きますから、また明日にでも来て下さい」
「わ、分かった、またねッ」
 で、締め出し?じゃあ本を調べるのは明日か。まぁ、そこまで必死扱いて急ぐ事じゃねぇし。いっか。