風云-fengyun-

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***since 2005/03***

| Prolog | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |

1st.Discovery 謎の転校生 - 4 -

 何だか夕焼けがやけに朱くて、少し、気味が悪かった。けれど、それも外に出てしまえば気にもならない。たぶん。急がなきゃっていう思いがあって変なふうに見えたんだろう。
 俺の隣では皆守が口元のアロマを吹かしながら空を見上げている。
「すっかり、日も暮れてきたな」
 夕焼けは、残すところ最後の一欠片くらいにまで落ちている。
「日本では、これから日が短くなるんだよな」
「っと、そうか、お前は外国暮らしだったのか」
「ま、そんなとこ。だから日本の高校って、すげぇ、不思議な感じがする。こうして誰かと、家まで帰るってことだって、さ」
 そう言って手に持った鞄を振り回していると、皆守は呆れたように「変なヤツ」と呟いた。いいんだよ!よく言われんだから!
「にしても広い学校だよなぁ」
「学校で遭難はするなよ?この中庭を北に行くと温室。南に行くとテニスコート」
「……温室、って、ラベンダーとか栽培してたりしないのか」
「はぁ…?」
「なんか、すげぇ気になるんだよ、ラベンダー。ずーっとあの匂いが残ってんだよ」
 皆守ひとりが吹かしてるラベンダーが、ここまで気になることはないはず、だ。てことは、もっとたくさん、どっかにラベンダーがあると思ったんだけど。
「無いぞ。温室にはな」
「あれ、そーなの…?俺の鼻、馬鹿になったかなぁ」
 そう言うと、しばらく皆守は黙り込んだ。そして、
「それは……これのせいだろ。そうだ、体育館と『Mummys』って食堂の間を行くと俺たちの塒―――学生寮だ」
 ふーん、話逸らすんだ。ま、いいけど。
「男子寮と女子寮は、隣り合ってるが、忍び込もうなんて思うなよ? 《生徒会》が見廻りしているし、侵入者があれば、警報も鳴るらしいからな。まぁ、忍び込むも込まないも、お前から見て、興味のある女がもういれば……の話だが」
「あー、みんな可愛いよなぁ、でも俺は皆守がそう言う話に興味があるって方に驚いてんだけど」
 なんとなく、ぼぅっと、そういう話題に関心なんか示さずに生きてそうな感じがするけどな。俺の本音に皆守はあんまりいい顔をしなかった。ちょっと、しまったと思う。人の心の中に入っていくようなことは、あんまりしない方がいい。俺がされたくないんだから、しないほうがいいのは当然だ。
「ぇっと、みんな、ホントに可愛いと思うぜ?八千穂ちゃんも、雛川先生も、七瀬ちゃんとか、白岐ちゃんとか!」
 手当たり次第、今日名前を覚えたメンツの名前を出していく。勢いで『皆守ちゃんとか』と言いそうになって、そんなヤツはいないと直前で止めた。
「て、感じかな」
「特別に、気になる女はいないってことか」
 そう言われてしまえば……ええ、まぁそうですが。みんな平等にみんな好き、ってのはイコール全員どうでもいいってのと同じだ。多分皆守は、それを知ってる。
 だからなんか言われっかな、と思って構えたけど、それ以上は何もなし。
「こら、そこの男子ッ!寄り道しないで帰らないとダメだぞッ!!」
 俺らの妙な雰囲気をぶち破ったのは、今日一日で大分聞き慣れた八千穂ちゃんの声だった。
「へへへッ」
「ちッ、うるせェ女に見つかっちまったぜ」
 うっわ、嫌そ。顔全開に顰めてすぱーっとアロマ吹いて。
 そんな皆守を見て、あんなふうに言われるのは慣れてるのか、八千穂ちゃんはめげない。
「皆守クンもいいところあるよね。何だかんだいって、葉佩クンに親切だし~」
 うんうん、と自己納得?まぁ、いいヤツで親切ってのは確かにその通りだけどさ。
 すると皆守、更に嫌そうに、
「誤解すんな。この転校生くんに、授業のフケ方を教授してただけだ」
「えッ!?」
「中々、飲み込みが早くてな。サボリ同盟としては、有望な人材だ」
 皆守が、俺に向かってにやりと笑う。ま、ここはノっとくべきでしょ。
「そーっさ。サボりポジションは屋上が良いとか、教師に見つからないためにはどうすればいいかとか♪」
「ちょっとぉ、皆守クン!?そんな事、葉佩クンに教えたらダメじゃないかッ!!だいたい、授業をサボっても何もいい事ないじゃないッ。後で、補習とか受けたり、内申書にも――」
 八千穂ちゃんのあまりの剣幕に、俺は吹き出し、皆守は呆れ顔。
「ちッ、デカイ声出すんじゃねぇよ。冗談に決まってんだろ?」
「え……?」
「どうせ、こいつが学生寮までの道を知らないと思ってな。この学園の敷地内で迷子になりゃ、捜すのは、クラスメートの俺たちだ。そんなかったるい事はご免だからな。その手間を省いたまでの話だ」
 あら、あらら。へーぇ?そぅ。
 発見その1、皆守甲太郎、照れ屋。極度の照れ屋。優しさをあんまり美徳とは考えていない模様。いいじゃん、表面だけでも、優しい人は好きだぜ、俺は。
「そっか。な~んだ、心配して損しちゃった」
「八千穂……お前、俺をどういう目で見てんだよ?」
「え~っと、不健康優良児?」
 言い得て妙。その言い回しに、とうとうアロマで噎せる皆守。また、ラベンダーの香りが強くなる。
「ゴホッ、ゴホッ!!何だ、そりゃ?」
「だってそんな感じなんだもん。ねッ、葉佩クンもそう思うでしょ?」
「確かに。でもさ、いつもサボって寝てるってことは逆に超健康優良児かもしんねーぜ?寝る子は育つって」
 俺、あんまり寝付きがよくないからそんなに背が伸びなかったんだろうな、クソ、羨まし。
「あはははッ!」
「ふんッ、いってろ、二人して、馬鹿にしやがって」
 あ、拗ねた。へー、意外と八千穂ちゃんの前では素直なんだねぇ、皆守。
「やっぱり皆守クンてさ、誤解されやすい―――」
「明日香~!!何やってんのッ?早く着替えないとコーチに怒られるよ?」
 遠くの方で、スコート集団が八千穂ちゃんを呼んでいる。おぉう!目の保養。
「やっばァッ!!特別レッスンが始まっちゃう!それじゃ、ふたりとも、またね」
「そうだそうだ、さっさと行っちまえ」
 皆守の台詞など気にも留めずに、八千穂ちゃんはとっても元気に走り去っていきました、とさ。
「…やれやれ、騒がしい女だぜ。それじゃ、俺たちも帰るとするか」
「いいじゃん、賑やかで。お前みたいにいつも下降テンションのヤツとは合うと思うけど」
「んぁ?」
「なんでもね。帰るんだろ?」
 寮はとりあえず、屋根だけ向こうの方に見えている。でも遠くねーか!?同じ敷地にあるっつーに、だから近いと錯覚しちまって、よけいに疲れる…。
 皆守なんて、もうさっきから欠伸の連続。今にも寝そうな目で、何とか歩いてるって感じだ。
「ふわ~あ、眠い。真面目に授業なんて出るもんじゃないぜ。寮に着いたら、ひと寝入りすっかな。行こうぜ」
 とは言ったものの。寮まで後数十メートルという地点の空き地に差し掛かった途端。
『あー、眠い』と言って、皆守甲太郎、その場で爆睡。
 はいィッ!?寝ますか?ねぇ。こんなところで、普通寝ますか?いくら眠くっても、寮、そこじゃん!?
 何度も皆守の肩を揺すってみたが、寝てますね。とっても深いところまで寝ちゃってます。
 俺はそのまま帰っても良かったんだけど、置いていったことを言われるのもどうかと思うし、万が一風邪でも引かれたら寝覚めが悪い。
 しょうがないから、もう諦めて隣にしゃがみ込んだ。
 本当に、よく他人の前で寝れるモンだ。野生の獣は、自分が本当に信頼した相手の前、もしくは一人の時しか眠らないと言う。皆守が俺を前者と考えているはずがあるわけもなく、と言うことは、いてもいなくても同じ、つまりは一人と何ら変わらないと思ったから寝ているんだろう。
 でも、俺だってちゃんと存在してんだぜ?皆守、お前は今俺にもしも殺されたとしても、文句は言えないよ。そういう、状況だ。
 そして、一般人相手にそんなことを考えた自分の馬鹿馬鹿しさに腹が立った。何考えてんだ、俺。ていうかゴメンね、物騒なヤツで。
 あーぁ、何やってんだろ俺。さっさとメシ食って墓場に行ってみなくちゃなんねーってのに。
 そういや皆守……墓場について詳しかったりしねぇかな。あんだけ学校の生徒会について知ってたんだから、墓場についても知っててくれてもいいじゃん。なんて勝手なことを思いながら、隣で寝っこける皆守に目をやる。
 これが女の子だったら、一体どんだけ幸せでしょうかね。あーぁ。
 だんだん本格的に暗くなり、居たたまれなくなってきて俺は数回、皆守を呼んだ。
「皆守、おい、皆守!!」
 微かに、眉間に皺が寄った。よっしゃ、今じゃ!
「皆守皆守皆守皆守皆守、み、な、か、み!起きろって、おい!」
「っぁ~、るっせぇなぁ、俺の安眠を…誰だクソ」
「寮に、部屋に戻ったら好きなだけ寝ろ!とにかくもう帰ろうぜ?ナイター点き始めちゃいましたよぉ」
 そこまで言うと、ようやく皆守は目を開けた。薄目だけど、今度はしっかり起きてる。そうして伸びをした時の吐息がいちいちラベンダーの匂いってのが曲者だよなぁ。
「起きたかぁ?」
「あー、ぁっと。起きた起きた。さて、帰るか」
「普通寝るか?こんなとこで」
 やっぱりダルダル眠男だ…。
「寝込み襲われても知らんぜよ」
「男の寝込み襲うアホがいて堪るか」
 ………?
「寝込み襲うのは大体男だろ?普通女の子じゃ腕力で負けるから、奇襲は普通男が…」
「はぁ?」
 あら?また俺は変なこと言った感じですか?で、でもさ?普通に考えてみ?男の皆守を襲おうとするのに、女の子じゃもし気付かれたときに逆に危険だろ……って、あ、あ!
「あぁ!!ゴメン!意味が違った!?わぁった、お前が言ってんのは夜這いのことだ!」
 こっちは『夜襲』の話だ。
「馬鹿!ンなことでかい声で言うんじゃねぇよ!」
「ははー、ごめんー」
「ったく……噛み合わないヤツ」
 まったくその通りで。
「これが噂のジェネレーションギャップかぁ」
「どっちかって言えばカルチャーショックだと思うぞ…」
「あぁ、それそれ」
 ジェネレーションじゃ世代差だ。そうそう。いや、日本て難しいね。つーか普通に考えて夜襲が日常的に行われているような国じゃないもんな、うん。勉強になりました。
 俺はH.A.N.Tを取りだして『夜襲習慣無し』とメモっておいた。
「何だ?それ」
「あー、うー、えーっと…」
 『ハンター・アシスタント・ナビゲーション・ツール』の略、と言っても分かるはず無いから、
「世界中で使えるケータイみたいなもん」
「へぇ」
 ただし《宝探し屋》限定レアものですが。
 そういや、さっきメールが来てた。天香サーバからのメール転送の手続きが終了したという確認のメールだった。
「学校のサーバに俺宛でメール送れば、ここに送られてくるから。俺に愛のメールを送りたいときにはそれでヨロシク」
「送って堪るかッ」
 さいで。大丈夫、俺だって男相手に本気で愛だ愛だとは言わないから。
 けれど本気で呆れたのか、皆守は何も言わずに歩き出してしまった。ま、いいけど。
「着いたぜ。この学園は敷地内にいろいろと設備が整っているのはいいが、校舎から寮が遠いところが難点だな」
「敷地内にあるっていうから近い気がするのがいやらしいよ。寮だからって寝っこけたら確実に遅刻するぞ、俺は」
「それに、寮の裏手に墓地があるってのも頂けない話だ。こんな場所だが、来ちまったものは仕方が無い。お前も気楽にやるこっ、」
「みぎゃァァァ」
 そう墓地!墓地の話が聞けるか!?と身構えた俺だったが、意識が一気に鳴き声に持っていかれた。皆守も自分の言葉に被るようなその鳴き声に、驚いたように辺りを見渡す。
 猫?どっかに猫でもいんのか?
「みぎゃうゥゥゥん」
「猫か?」
「何だ?このペンギンの首を絞めたような鳴き声は?」
 ハイここ東京新宿。ペンギンはいませんよ、皆守クン。どっから出てきたんだペンギンて。つーかお前、ペンギンが首を絞められた鳴き声、聞いたことあんのか。
「ペンギンの首なんて絞めたらダメですよ~」
 そうですよ~、ってうわっ!
「こんばんは~」
「あー、どーも、こんばんは」
 黄色っぽい印象を受けるなんとも言えない不思議な制服を着た女の子が立っていた。制服…は制服なんだけど、学生服じゃなくて……コスプレですか?
「その制服はマミーズの……」
「マミーズって、言ってた食堂だよな」
「あぁ」
「あッ、あたし、新人店員の舞草奈々子っていいます~」
 その子自体は、外はねした髪の可愛い、猫っぽい感じの子だった。目がぱっちりしたところが好みです、はい。
「今の声はお前か?」
「そうです……一日中走り回ったんでノドがカラカラで…」
 そりゃいけん!でもゴメン、なんか水でも持ってりゃ渡せたんだけど、生憎とそんなものはございませんで。
「あなたたち、この學園の生徒ですよね?はじめましてェ~」
「はじめまして~、葉佩九龍です!こんな可愛い店員さんがいるなら、毎日でも通っちゃいそうですよ、マミーズ」
「きゃー、最近の高校生って積極的~。もしかしてあたしにも春が到来するかも……」
「あははははは」
 俺は春までここにはいませんけどね~。冬を越せるかすらイマイチ疑問ですよ。
「……で、何だってマミーズの店員がこんなとこにいるんだよ」
「実は、店長に店のチラシを寮の全部のポストに入れて来いっていわれて」
「寮の全部~!?そりゃ…結構な量じゃないっすか?」
 言ってくれれば手伝ったのに!こんな可愛いお姉さんが一人でそんな…
「朝八時からやって、さっきようやく全部終わったんです。もう腕や脚がパンパンで」
「でしょうねェ。やー、マッサージとか言いたいとこなんですけど。それは無理として、今度そういうことがあったら言ってください!俺でよかったらお手伝いしますから!」
「えぇぇ!本当ですか?葉佩クンていい人ですねェ!」
 いえいえ、そんなそんな。いい人なんかじゃないですよ。何てったって下心は満載ですから。
「でも、大丈夫です!これもマミーズの輝ける未来のため。奈々子はめげずに頑張ります!さぁ、今度は先生達の家のポストに入れに行くわよっ。奈々子、ファイトッ、おぉぉぉっ!!」
「……手伝いましょうか、って、もう行っちゃったか…」
 何だか頭から離れなくなりそうなマミーズのテーマを口ずさみながら、舞草ちゃんは足取りも軽く俺たちの前から去っていった。なんつーか、テンション上がりめ。
「肉体労働は女の子にやらせることじゃねぇよな。しかもあんな可愛い子。店長の顔が見たいぜ。俺が店長だったら仕事は全部野郎共にやらせるけどな」
「…お前は物言いがいちいちふざけてるようにしか思えないな」
「でしょー。ふざけてますから。だから、俺の言うこと、真に受けなくていいよん」
「…………」
 たぶん、疲れるぜ?俺の言うことそのまま聞いてたら。だから言ってンじゃん、スルー推奨で、って。
 俺の言ったことを即実行してくれたのか、皆守は、さっき寝たというのにまたでかい欠伸をして、話題を全然別に持っていった。
「俺は部屋に戻って寝るとするかな」
「まだ寝んのか!?」
「お前も今夜は出歩かずに、部屋に届いている荷物の整理でもしてろよ。じゃあ、また明日、学校でな―――」
「おうよ、バイバァーイ」
 いつもの炸裂スマイルを崩さないようにして、俺は皆守と寮の前で別れた。