風云-fengyun-

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***since 2005/03***

| Prolog | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |

1st.Discovery 謎の転校生 - 5 -

 そういや、皆守の部屋ってどこなんだろ?そういうこと聞くのはあんまりよろしくない?でも、日本高校生のお友達同士って、お互いの家くらい知っててもおかしくはねーよな。今度聞いてみよ。それとも誰がどこに住んでるのか、寮の玄関とかに書いてあったりして。
 おっと、H.A.N.Tが呼んでる!
 バイブに設定しておいたH.A.N.Tが、制服のポケットの中で一生懸命震えている。ハイハイ、ボクの愛しのH.A.N.Tちゃん。今出ます。ご用件は何でしょかー、っと…。
『もう皆守クンと一緒に寮に着いた頃かな』
 それは八千穂ちゃんからのメールだった。すっげ、女の子から仕事以外でメールを受け取るのって何年ぶりだろ。これは感動するよ、マジで。
 八千穂ちゃんは、今日図書館であった七瀬ちゃんの墓地の話が気になっているらしく、そのことでのメールだった。もし調べに行くなら誘ってくれ、とさ。誘いたいねー、真夜中ランデブーなんて確実にムフフな匂いがするじゃありませんか。
 まぁ、俺は仕事がらみで墓地に行くんだから土台無理なんだけど。ゴメンね。
 それからもう一通。こっちはロゼッタから装備送ったから頑張れという味気ないメールだった。へーへー、精々頑張りますよ。
 あまりに生々しい學園生活を送った後にこのサツバツとしたメール。何だか急に現実へと引き戻された気がして、H.A.N.Tを乱暴に閉じた。
 とりあえず八千穂ちゃんを誘わないにせよ、今日の夜は墓地に向かうことは決めた。それまでは届いた荷物の整理でもするか……あ、一度敷地内がどうなってるか歩いてみるのもいいかもしれない。
 俺は寮には入らず、そのまま真っ直ぐ南下して、屋上から見えた教員達の居住区まで歩いていった。なんつーか、住宅街みてー。いや、日本の住宅街なんてどんなんかよく知らねーけど、たぶんこれ、ただの学校の感じじゃないだろ?それくらいは分かる。
 区画の中央を抜けるて東へ向かうと、今度はなんか古風な建物がふたつ。弓道場と、武道場?どちらもまだ部活をやっているのか、微かに人の気配がする。そこから南にはプールがあって、東っ側には体育館の屋根が見える。
 とりあえず、なんとなく校庭を目指してみようと思って進むと、用具室の手前で呼び止められた。
「あッ、葉佩クン」
 この声は!
「もしかしてテニス部の練習を見に来てくれたの?」
 や、ち、ほ、ちゃぁん!スコート姿が眩しくてくらりとよろめく俺。
「そう!そうそう!」
「へェ~、葉佩クンてそんなにテニス好きなんだ?ちょっと嬉しいかも」
 好きなのはテニスよりも君です。なんてね。
「今、練習終わったとこ?みんな片付けてるみたいだけど」
「そう。だから残念ながらあたしの勇姿は見せられないんだ。また今度ね」
「そーね、また今度ね」
 スコートちらりはまた今度。
「ねェ、葉佩クン…メール、見た?」
「見た、よ?」
「どうするの?墓地、行ってみる?」
 ハイ、行く気満々ですがなお譲さん。おりゃー連れて行ったりはしませんぜ。
「今日は荷物が届いてるから、その整理しなきゃなんだよな」
「そっかぁ、分かった、じゃあまた明日ねッ」
 はーい、また明日。いいねぇ、また明日っていうその響き。まさか今日来て今日帰れなんて言われることはないから、安心して手を振って、『また』と言うことができる。
「またねェ、ばぁはっははーい」
 友達と一緒に去っていく八千穂ちゃんに笑顔で手を振って、さて、どーしようか。そろそろ本格的に夜が近い。でもこのまま元来た方を戻るのもつまんなくてそこから北上。
 中庭を突っ切って、さっき皆守と歩いてきた道に出る。その十字路に、温室がある。
 寮に戻ろうと思ったんだけど、ちょっと寄り道して寄ってみることにした。
 ドーム形の、建物。何だろ、厚手のビニールっぽい素材の壁に触れると、少し暖かい。入り口はどこだろうと探して、見つけたドアを押してみるけど、やっぱ施錠されてる感じ。
 にしても……ラベンダーの香りは、ないなぁ。栽培されてるワケじゃないのかね。ぐるりと温室の周りを回ってから、何もないし帰ろうかと道に出る、すると。
「あら、葉佩君。こんな時間に、一人でどうしたの?」
「雛川センセ!先生こそ、どうしたんすか?あっち……校舎違うじゃないすか」
 会えて嬉しい、ってよりもあれどうしてそっちから、と思ってしまって。
 でも雛川先生が曖昧に笑うから、それ以上は追求しません。なんとなく並んで歩き出して、すると先生が、
「そういえば、葉佩君は親御さんから離れて一人暮らしするのは初めてなのよね?どう?ひとりで寂しくない?」
「ええ、全然。逆に両親がいないから解放された感じすらありますよ」
 ええ。全然。慣れきっちゃってもう寂しいって何って勢いすらありますよ。両親?誰ですかそれはあはははは。
「そう、ならよかったわ。葉佩君のことだからきっともう寮でもたくさん友達ができたんでしょうね」
「みんないいヤツで、楽しいっスねぇ」
 はは、みんなって誰だろうねぇ。皆守?ああ、ひとりだけじゃん。
「何かあったら、いつでも相談に乗るから、何でも話してみてね」
「ありがとうごっざいます♪何があっても先生に会ったら乗り越えられちゃいそうっす」
「いやだわ、葉佩君たら、もう……それじゃあね」
「はぁい、また明日~」
 ………って、いい生徒なんて演じてみました、どうだったでしょうか。教員に心配をかけない上に素行の問題もない、極々一般の普通生徒ですよ。俺は。
 こうして段々、覆っていく面の皮が厚くなっていく。段々、俺は、自分のことすら見えなくなる。
 別に、それでいいのですけど。
 先生と別れて、今度こそ寮へと真っ直ぐ戻った。校舎と同じように3年用の3階のフロア。宛われた自分の部屋に戻ると、そこには木箱が届けられていた。
 ヘラクレイオンの時と同じ武器、防具。H&KのMP5に弾薬を入れてみるが、まさかここで試射するわけにもいかず、それはそのまま木箱へ戻した。支給品だから文句は言わないけど、あんまりサブマシンガンは得意じゃない。(支給品でない手持ちのハンドガンが一挺あるんだけど、もう一挺、何かがないと俺の場合威力が半減。)
 ロゼッタが管轄するショップにはアサルトライフルやサブマシンガン、ランチャーにハンドガンが売られている。アサルトライフルやサブマシンガンでの二挺拳銃は、一応できるけど、ハッキリ言って身体への負担がでかいでかい。辛うじて、ガキでも扱えるスカスカ設計で有名なAKシリーズなら可能だけど、そのAKも47しかないって、どーよ。しかも。超有名どころのウージーやシグが扱われてないのが難点。
 ま、愚痴っても仕方ねーやっさ。さっさと金貯めてハンドガン買おう。てか何でイーグルがねーの?IMIはお嫌い?ノーリンコとかいうマイナーどころは言わないけどさー、もうちょっと品揃え、良くしてくれてもいーんじゃない?
 銃は俺にとって相棒とも言える。学校というバディの得られないであろう環境では、こいつらがバディと言ってもいい。信用できるのは、銃だけ?うわ、寂しいねぇ、俺の人生。
 なんとなく、パソコンのスイッチを入れて、そこに入れてある音楽をかけてみた。もち、小さい音でね。そう言えば、と思いだして、境の爺さんから貰ったオルゴールのようなものを聞いてみた。あ、今のテンションじゃない、と思ってそれを止める。
 今日はちょいとばっかしテンション上がんないねぇ。俺らしくもない。いつでも馬鹿がモットーですのに。
 ボーッとしてたら、なんだろ……これ。鼻の奥に、あぁ!ラベンダーだ!
 またラベンダーが香ってきて、俺は咄嗟に窓を開けた。どっから?
 導かれるように、フラフラと部屋を出た。なんか、気になるんだよな、あのラベンダーの匂い。墓地に供えられてあったのが引っかかる。持ち物しか埋まっていない墓前に、花?というか持ち物しか埋まってない墓とか胡散臭い。
「あれ…?」
 ふと見た扉に、丸印に『皆』の字。これって、もしかして、いやいや、でも違ったらもの凄い恥ずかしいよなぁ、知らない人の部屋に突入?
 でも、なんか、ラベンダーの匂いが強い気がすんだよな。アロマな皆守クン。ここは、ヤツの部屋でよろしいざんすかね。
 思い切って、扉を叩いてみる。すると中から、
「何だ」
 あー、皆守んちだ、ここ。めっちゃ不機嫌そうな声が聞こえる。怒ってる?あ、寝てた?それを起こしたら怖そうだなぁ、殴られそ。
「おい」
「おわっ!」
 扉を背にしてあれこれ悩んでたら、戸が開いた。
「ん……?何だ、誰かと思ったら転校生か」
「ど、どーもぉ、こんばんは」
 襟をつまみ上げられて、まるで猫状態になりながら。うわ、絶対俺今口元引きつってるよ。
 皆守に向きなお(らされ)て、テヘ、っと笑ってみると。至近距離になった皆守から、またラベンダーの匂いがする。やっぱり、こいつか。昨日のあの生徒も、皆守か?
 ああ、ダメだ、昨日の映像を思い出すとなんかすーんとする。
「悪いが何か用があるなら明日にしてくれないか?そろそろ寝る時間なんでな……って、聞いてるか?」
「………え?あ、うん、聞いてる聞いてる、うん……」
「おいおい、そんな顔するなよ」
 そんな顔ってどんなだ。俺は一体今どんな顔してるってんだろう?
「まるで俺がいじめてるみたいじゃないか」
「へ?」
「転校してきたばかりで寂しいのは分かるが、もうこんな時間だ。悪いが、俺はもう寝る」
 皆守の声は、俺の耳に半分くらいしか入ってこない。とにかく、嗅覚が麻痺しそうなほど、皆守の部屋からはラベンダーの匂いが漂ってきている。中枢神経イカレそうなほど強く。ヘビースモーカーの部屋が常にヤニ臭いってのと、ちょっと似てると思った。
「早く自分の部屋へ戻ってベッドに入れ。それじゃまた明日……な」
「また明日、な」
 ぼんやりと言われたことをオウム返ししてしまって、目の前に、少し屈んだ皆守の不審げな顔。
「もしかしてもう寝てんのか?」
「ぁ……?あぁ!?あッ、起きてます、起きてるよ、うん!だ、大丈夫!じゃあな、おやすみばっははぁい!」
 後ずさり、そのまま遁走。遁走遁走……って、あれ!?
「何だよ、さっさと自分の部屋に戻れって」
 そう、言われましても。なぜか、すぐそこにある自分の部屋の扉。
「どうした?」
「………うーん、あのね。あは。もう戻っちゃった感じー、みたいなー」
「は?」
「俺の部屋、ここ」
「……………」
 なんとビックリ、お隣さんだったよ、ォィ。俺は、自分の部屋を指さしたまま硬直した。
「あ、あのさ、寮の壁って、薄い?」
 さっき、銃弾装填してた音とか、聞こえた?
「独り言くらいじゃ聞こえないから安心しろ」
「あらそー。良かった。んだば、お隣さん、お引っ越しの挨拶もねーですが、ヨロシク~」
 そうそうに、俺は部屋に引っ込んだ。ラベンダーくさい?当たり前だ。隣であんだけキョーレツにアロマテラピられたらそりゃ匂ってくるっての。
 隣、皆守かぁ……あいつ、ダルげなのに鋭そうだから、気ィ付けないと。部屋から出るときも、バレないようにしないとなぁ。
 ひとりでクスンクスン泣いてたりしたら聞かれたりしそうだな…。
 すーんとしたときだけではなく、俺は結構定期的に泣くのですよ。うーんとね、泣けるかどうかの確認作業をするんだ。で、泣けるたびに、大丈夫、まだ泣ける泣ける、と思って、次の日からまたテンション上げていく。
 それで泣いてるとことか、知られたらイヤだわ。今度から毛布被らなきゃ。まぁ皆守はいつでも寝てそうだから、平気か。
 さて、夜に供えてしなければならないことはとりあえず済んだ。風呂は……戻ってきてから部屋のシャワーでも使えばいいよな。あ!売店で夜食買っときゃよかった…。今度からそうしよ。
 すぐにやることが無くなってしまって、暇を持て余した結果。いつもの暇つぶし、銃の解体と組み立てをやることにした。得意なの、これ。使い慣れた武器なら目を瞑ってもできる。ま、慣れですから。
 今日は完全分解するワケじゃなくて、フロントサイトとかレイルマウントの取り外しに確認、整備ってとこで。耳に響くガチャガチャという硬質な音が外に漏れたりしないかちょっとビクつきながら、でもまぁドアには鍵かかってるし、いっかって感じで。
 仕事とはいえ、高校生になっちまったけど……思えば物騒な高校生だよな。ベットの上でボケーッとしながらサブマシンガンをいじくってるんだから。こんな高校生、やっぱりいないわよねーぇ。
 とまぁ、それにも飽きて。そろそろ時間もかなり遅め。寮の中も外もすげー静か。
 俺は、アサルトベルトを装着し、暗視ゴーグルに、一応銃とコンバットナイフもしまって、曰くありげな墓地に、向かうことにした。