風云-fengyun-

http://3march.boy.jp/9/

***since 2005/03***

| Prolog | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |

1st.Discovery 謎の転校生 - 3 -

 階段を登って屋上に上がると。
 なんつーか、淀んだ?って言ったら失礼かもしんないけど、さっきまでの呪いや怪談やら、ってどろどろしたモンを一掃していくような風が吹いていた。
 うん、良いね、屋上!ちょっとお気に入り登録しそうな雰囲気。
 ここからは本当に學園内全てが見渡せる。俺たちが生活する寮、職員棟、ドーム形の温室に、―――墓地。
 八千穂ちゃんが指を差しながら説明していった場所に目をやりながら、最後に入った墓地の光景から目が離せなかった。
「結構、墓石が多いでしょ?行方不明者の持ち物が埋められてるって言うけど、何が埋まっているかは誰も知らないんだ」
「胡散臭ぇ…」
「ほら、校則で墓地には入っちゃダメだって言われてるでしょ?それにあそこには墓地を管理している墓守の人がいてね…」
 墓守ぃ!?墓守って、ヘラクレイオンで遭遇した、あのワン公みたいな!?ヤだよぉ、そんなんが彷徨く墓地。
「墓守って……人間?」
「え?あったり前じゃない?犬が墓地を守ってるとか思った?」
 うん、ちょっと。なんてもちろん口には出さずに、曖昧に笑っておく。
「墓守の人はね、。お墓を掘り起こそうとしたり悪戯をしようとしたりする生徒がいないか見張っているんだ。確か―――最近、前の墓守の人から新しい人に代わったって聞いたけど」
 よかった、何にせよ、人ってだけで精神の安寧は得られたぞ!よしよし。
「でもさ……死体が埋まってるんじゃないって分かってはいても、學園の敷地の中に墓地があるなんて、ちょっと怖いと思わない?」
 その瞬間、甦ってきたのは昨日のこと。供えられたラベンダー、名のない墓石、校則で立ち入りが禁止されていた墓地に、一人で居た生徒。あれは―――あの墓石の下には、誰もいないんだろうか?ただの持ち物だけ……
「葉佩クン?ちょっと、聞いてる?」
「あ、ぁぁ、ゴメン、聞いてる。墓地だろ?怖いよなぁ、うんうん、夏なんか出そうだし」
「だよねェ」
 だよねー、と相槌を打っておいて、それでもまた、俺の思考回路は昨日の記憶へ飛んでいく。頭に残って離れていないのかもしれない、あのラベンダーの香りが。今も何だか、その匂いが漂ってくるような気がしてんだもん。幻聴ならぬ幻嗅?なんだそりゃ。
 あり得ないあり得ない、と一人ぷるぷる首を振っていると、
「ふァ~あ、うるせェなぁ……」
 声のした方向を、八千穂ちゃんと共に振り返る。
「転校生ごときで盛り上がって、おめでたい女だ」
「あッ、皆守君!!」
 そこにいたのは、うわぁ、なんかダルそう、っていうオーラを全身から放出している男子生徒だった。口には……煙草?あーあ、不良ってヤツですか?こりゃこりゃ。
「授業をフけて昼寝してりゃ、屋上で大声出しやがって、うるさくて寝られやしない」
 あ、確かにダルそうな上に眠そう。ダルダル眠男。
「どうりで、授業中に姿が見えないと思ったら、朝からずっとここにいたの?」
「まァな」
 朝からずっとここ!?さすがにそろそろ風が寒いんじゃないですかい、旦那!?確かに気持ちはイイし昼寝にはもってこいだけどさぁ。
「非生産的で無意味な授業を体験するぐらいなら、夢という安息を生産する時間を過した方がマシだからな」
 授業がつまんないから屋上で寝てた、というだけなのに、何だろうね、この知的な言い回し。俺にはできん。降参。師匠と呼ばせて。ウソだけど。
「お前もそう思うだろ?転校生」
 思わず心の中で思っていたまま、『ハイ師匠』とか言いそうになって、慌ててストップ。
 考えてみれば、俺は学校へ勉強しに来たワケじゃないんだから、一日中、ここでボーッとしてたって良いんだよなぁ…。
「俺も出来るモンならそうしたいとこ」
「中々、話が分かるじゃないか」
「どうもー」
 そして更に考えてみると、この煙草の彼が、俺がこの學園で初めてまともに話した男子生徒かもしれないのだ。わーい、おっともっだち!!
「もう……、何いってんの、大体そんなところで煙草吸ってたら、先生に見つかって退学処分だよ?」
 こっちに歩いてきた皆守は、銜えていた煙草を唇から外した。……違う。煙草じゃない。この匂い…
「やれるモンならやってみろよ。これは煙草じゃなくアロマだからな。いわゆる、精神安定剤ってヤツだ」
 ふぅわり漂う、この匂い。胸の奥ら辺がすーんとなる、この感じ。
「ラベンダー…」
「へぇ、よく知ってんな、転校生。どうだ?お前らも試してみるか?」
「ラ、ラベンダーって、青っぽい、紫っぽい小さな花がたくさん咲くヤツ、だよな?」
 俺が、思わず身を乗り出したことに驚いたのか、今まで皮肉げだった皆守の口元が、僅かに緩んだ。
「ラベンダーは、丘紫って言ってな。アロマテラピーで広く利用される万能製油の一つなんだ」
「アロマテラピー…」
「その香りは心を穏やかにしたり、不眠症に効果があったりするのさ」
「逆は?」
「逆?」
 皆守は、僅かに首を傾げて、口から薄く煙を吐き出した。……何だか、動作一つ一つが妙に大人っぽいな…色っぽい?あぁ、どっちにしても俺とは無縁な単語。
「ぁ……だからさ、悲しくなったり、そういうこと、ねぇの?」
「……さぁな。少なくとも俺には……無いよ」
「そっか」
 ならやっぱり俺が何となく悲しい感じになるのは、俺が泣きっぽいだけか、そうかそうか、ってそれもなんか嫌だっての。
「もぉ~、一人でこんな事ばっかしてないで、少しは皆と遊んだりした方がいいよ? 葉佩クン、そろそろ行こッ」
 八千穂ちゃんが俺の手を引く。何となくこのラベンダーの香りは名残惜しいけど…女の子に行こうと言われれば首は横には振れません。
「そうだ、転校生」
 鼻の下を伸ばした俺を、皆守が呼び止める。
 ちょっと、険しい感じの顔つきで。
「お前が楽しい學園生活を送りたいなら、一つだけ忠告しておく。
 ……生徒会の連中には目をつけられない事だ。いいな?」
「生徒会って、生徒会長とかの、あれか?」
「そうだ」
 何で、生徒会?よく、分かんないけど、八千穂ちゃんを見ると真面目な顔してるし、皆守も、何つーか真剣そのものだ。
「…分かった。ありがと」
「まァ、」
「皆守って、優しいのな。愛してるよ、ありがと♪」
「ぁ、あぁ?……ま、まァ同級生のよしみだ、そんなに感謝してくれなくてもいいが……」
 おぉう!俺の『愛』が初めてスルーされずに受け止められた感じ?でもそれが男!?微妙だなぁ、まぁいいか。
「一応、忠告はしたぜ?後は、勝手にしろ。じゃあな」
「あッ、皆守クン、どこ行くの?」
「屋上はうるさいんでな。新しい寝床探しだ」
 そういって、何故かちらりと俺を見る。あら、うるさいのって俺か。まぁ、よく言われることだ。うるさいと、馬鹿と、八方美人。それでここ数年、乗り切ってきてんだから、なんと言われようといいけどさ。
「あ、行っちゃった」
「ねぇ」
「今のがあたしたちと同じC組の皆守甲太郎クン」
「あ、あいつも同じクラスなんだ?」
「そ。いつもああやって一人でいるんだ。本当はいいとこもあるのになァ」
 確かにお手手繋いで一緒にトイレ、のノリじゃないよな。逆にそういうヤツらに蹴りとか入れてそう。にしても足の長ぇ男だな、オイ!ちょっと羨ましい。
「そういえば、さ、あいつの銜えてた、」
 ってとこまで言ったところで、昼休みのチャイムが鳴った。すっげータイミングの悪さ。
「あッ、そろそろ教室に戻ろうか?」
「…ン」
 仕方なく、そのまま教室に戻るしかなかった。

*  *  *

 結局、皆守とラベンダーについては聞けず終い。昨日のあの生徒は……皆守だったんだろうか。でも生徒は立ち入り禁止だし……うーん。
 そうしていると、授業なんてまったく耳に入ってこねぇでやんの。理科室で次亜鉛酸ナトリウムと塩酸を調合するとどうなるかって話も、右耳から左耳に、ちくわ。硝酸と塩酸で王水でーすとか、ぽろっと言っちゃいそうで、どうも思考が馬鹿になっているらしく、なるべく喋らないように午後の授業を終えた。
「では、今日の授業はここまで」
 教師の声を皮切りに、理科室は俄に騒がしくなった。
 放課後、ですよ奥さん!部活に青春を燃やすもよし、友情を深め合うのもよし、恋愛に花を咲かせるのもよしな放課後!
 と言っても、俺は帰宅部で友達は無し、恋愛する相手も無し、そんな寂しい放課後なので――、
「おい、転校生ッ」
「どぉわぁぁ!?」
 背後から呼ばれて、驚いて振り返った俺は、後ろにいた声の主に思い切りぶつかった。肩先、かな、顎をぶつけて押さえていると、
「何ビックリした顔してんだ」
「皆守!あれ?お前、屋上で昼寝は」
「ったく……確かに俺はサボりが多いが、せっかくこうして授業に出てきたんだ。クラスメートとして歓迎してくれよ」
「あ、そ、そっか、うんうん。なんかイイよな、滅多に授業に出ないヤツと、転校初日に教室で遭遇できるのって♪」
 瞬間的に、思いっきり変な顔をする皆守。あれ?俺、なんか変なこと言った?
「え?な、何?あ、それとも俺に会いたくて授業出てくれたとか!?愛だね、愛!皆守、それは愛だよ」
「いや、喜べといって、そんな目で見られても困るんだけどな」
 お、おろろ?俺の『愛』が、本当に、見事なまでにスルーされずに済んでる、この現象は一体何?てか、もうちょっと嫌がろうぜ。俺が調子狂うじゃん。
「んで、どした?」
「もう授業も終ったし、寮に帰るんだろ? 一緒に帰ろうぜ?」
 こ、これはッ!!あれですよ奥さん、友情を深め合う放課後ですよ!別に七瀬ちゃんの言うような深くて分かり合える友情じゃなくても、ね。いいじゃん、なんちゃって友情ごっこでも、楽しけりゃ。
「おうよ、ガッテン」
 そう答える俺の目は、どうやらキラッキラに輝いていたらしい。皆守がツチノコにでも遭遇したかのような珍妙な顔で俺を見る。
「ま、まぁいい、それじゃ行こうぜ」
 ポンポンと、背中を皆守が叩く。どうやら急げということらしい。
「生徒は放課後になると、速やかに校内から出なければならない事になっている。違反した者は、生徒会が厳しく取り締まっているせいで、みんな従順なものさ」
 そういえば……教室から人がどんどんいなくなっていく。いくらなんでも、早過ぎるだろってスピードで。それをどっか達観した様子で見ながら、皆守は言う。
「俺が、転校生のためを思って、生徒会には気をつけろといった意味が判るだろ?」
 そりゃ、周りの様子を見りゃ一目瞭然だ。
「なんとなく、な。にしてもサンキュ、俺、お前から話聞いてなかったら校内うろついてたぜ」
 図書館に行こうと思ってたし、もう一度屋上から学校全体の様子を見たいとも思ったし。やたらにラベンダーの匂いが花に残るから、もしかしたら温室でも栽培されてんじゃないかとか。
「でも心配して貰えるなんて、転校早々、ヤだわ愛されちゃって俺ったら~、ふふふーん」
「いッ、いや、別に俺には、そういう気は無いから、誤解するなよ?」
「そういう毛?」
 シッポとか?イヤ、んなワケねぇだろ。誤解って事は、優しくないって、言ってんのか?あ、照れてんの?大丈夫、俺の愛はスルーされるべくしてあるものだから。
「あくまでクラスメートとして忠告してるだけだからな」
「分かってるよ、他に別に先輩としても後輩としても、有り得ねぇじゃん」
「………」
「で、何で生徒会にそこまでみんな従ってんの?普通の学校って、もうちょっと民主的違う?」
 それもやっぱり俺の學園生活ドリームってやつなのですかね?普通の学校も、こうか?
「平たく言えば《生徒会》それがこの學園のルールってワケだ。どこの学校にだって規則ってのはあんだろ?それは別に珍しい事じゃない。そいつを、たまたま《生徒会》が決めてるってだけの話だ」
「……教員より強制力はあるって、覚えとけばいいのか」
「意外と、物分かりが良いじゃないか」
 その時、下校の合図が鳴りだした。元ネタ新世界で、日本では『遠き山に日は落ちて』ってなってんだっけ?いくら日本生活が短いと言っても、この曲は知ってる。どこか、悲しげなチャイムの音だった。
「下校の鐘だ……行くぞ。早く支度しろ」
「あ、ぁ…ゴメン」
 開け放たれたままの教室の扉にもたれ掛かる皆守に先に行かれまいと、俺は、とりあえず焦燥感に狩られて机の中のものを鞄に手当たり次第詰めた。