風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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龍と修羅 - 3 -

 異議申し立て、とか。そういうことは一切頭になかった。
 ただ、頭の中は真っ白で、身体と本能だけがどうやって目の前の剣士を倒すかって、そればっかり。話に聞いてたせいでイメージが先行したワケじゃないんだろうけど、この人は強いって感じて、足下がうまく動かなかった。
 絞っていた手を更に締めすぎて、すでに掌が痛い。でも、そんなことを考えてる場合でもない。
 俺は、剣道は初心者だ。竹刀での間合いの取り合いとかになったら、確実に負ける自信がある。だとしたら、剣道の試合に持ち込むんじゃなくて、有効打突の奪い合いに持ち込めばいい。形式とか、そんなのに囚われたらいっぺんに畳み掛けられてしまうと思う。
 目の前の神速の剣士さんには、ハッキリ言って隙がない。だったらさっきみたいに隙を作らせればいいんだけど、下手に動いたら一撃ですよ、コレ。
 状況は圧倒的不利。でも、不思議とダメだ、とは思わなかった。まるで向かって来いよ、とでも言われてるかのように、自分の中から絶対倒す、って気持ちが吹き上がってくるんだ。向かわずにはいられないって思わせる、もの凄い罠。
 震えてきそうな手を締めることで戒めて、目の前の男を睨み付けた。
 瞬間、噛み合わせた竹刀を弾かれて、一足で懐に飛び込まれると同時に突き。喰らいたくなくて、咄嗟に首を横に逃がす。したら、そのまま竹刀を捻って側頭部に一撃。有効打突だとは認められなかったけど、脳ミソが揺れた気がして、その次の攻撃に耐えきれなかった。
 左手を強かに打ち降ろされて、あんなにしっかり握ってたはずの竹刀が落ちた。
 反則を取られて、コール。
 でも、そんなん耳に入ってない。竹刀を拾おうとした手が、震えている。
 この人、馬鹿みたいに力が強いだけじゃなくて、すげー巧いし、二つ名の通り、速い。今の打ち合いの中で一本を取られなかったのは絶対奇跡だ。
 眩んだ頭を振って、さっきの一連の動きを思い出した。とにかく技と技の間が連結してて、速い。これが徒手とかだったら俺でもなんとか捌けるかもしんないけど、竹刀が得物だと俺は自分の機動力を活かすことができない。
 のろのろと開始線に戻ると、神速の剣士さんは竹刀でトントンと自分の肩を叩いていた。
 うわ、余裕。どうしてくれよう。実力では全然及ばないの分かるけど、一瞬でいいからこの人をぎゃふんと言わせてみたい。
 再び宣告された開始の合図、今度はタイミングを計りもせずに真っ直ぐに突っ込んできた。絶対何かしてくる、そう思って防御に構えると、案の定胴を打たれた。
 なんとか防いだものの、突進の衝撃に耐えられなくて後ろへ吹っ飛ばされる。ああ、身長と体重!!なんで足んねーんだよ!!
 しかもやっぱり連撃で、二、三打。なんとか捌ききって、離脱して体勢を整えてる最中にもう一打。
 目の前で、まるで時代劇みたいに竹刀を合わせて、押し合い。
「どうしたよ、そんなもんか?」
「ジョーダンッ!!」
 押し飛ばして胴を入れたけど僅かに低くて一本にはなってない。それが分かってたからすぐに身を翻してみたんだ、けど。
「食らえぇッ!!」
 反応が、一瞬遅かった。振り返ったところをモロに面を食らって、一本。
 ……やられた。
 目の前では神速の剣士さんが不敵に笑ってる。くっそー!なんか、滅茶苦茶悔しい。その上、声が似てるせいか、神鳳のみっちゃんに挑発されてるようで、それもまた何だか微妙。
 深呼吸して、ちょっと呆けた脳に酸素を送る。茹だるように、頭が熱かった。暑いんじゃなくて、熱い。こめかみは偏頭痛みたいに痛むし、面を着けっぱだったせいで首も辛い。少し気を抜くと意識がどっかに行っちゃいそうな感覚の中、俺は無意識に甲太郎の姿を探してた。
 いた。
 いつの間にか剣道部の連中に混じって、見物人の最前列に。
 …なんか、すげー不安そうな顔してるよ…。あいつの前でこのまま呆気なく負けるのは、かなり嫌だ。つーか、絶対に嫌だ。
 負けたとしても、吠え面かかせたる。
 一度屈伸して、神速の剣士さんが待ってるとこまでゆっくり歩いた。
「へばったか?」
「……まさかぁ」
 次の開始合図なんて、聞いたか聞いてないか分からなかった。
 引いてダメなら押してみろ。逆だっけ?どっちでもいーや。とにかく、離脱するのをやめて、左足右足どっちを先に出す、とかっていう剣道の形式も全部無視して、間合いを詰めた。構えてた神速の剣士さんは逆に突きを繰り出してきたけど皮一枚でそれを避ける。
 そのまま小手を狙うけど、巧くかわされて不発。下手に回った彼の竹刀が、突き上げるように小手を狙ってくるのを俺は。咄嗟に、いつもの格闘技の要領で、膝で止めていた。そのままの回転蹴りで、相手の手から先を蹴り飛ばしていた。
 まずい、という自覚は、後から湧いてきた。俺、これ以上反則貰うと合わせて相手に一本になっちまう。主審の天香部員が、困惑するのを、目の端で捕らえた。
 けど、間髪入れず、叫んだのは神速の剣士さんだった。
「止めんじゃねぇッ!」
 主審に竹刀を向けるという大変に行儀のよろしくない動作の後、俺を見て、
「絶対、止めんなよ。こんくらいでな」
 ……この人、ホントにガチンコでやる気だ。反則とか、そういうの無視する気だ。
 そう思ったら、もうこれが剣道だってことが頭から飛んだ。
 周りの剣道部員の困惑なんてどこ吹く風。神速の剣士さんと俺は、もう竹刀を噛ませ合っていた。
「足技も、有りっすか」
「強けりゃなんでもいーぜ?」
 なぁんて潔い方ですこと。惚れちゃいそう。ゴメン、甲太郎。嘘、許して。
 ご要望にお応えして、袴を履いたままだけど、防具に中段蹴り。離れたところでの小手胴はギリギリでポイントずらされて決まらない。けど、そこで止まったら絶対負ける。
 胴で抜けたところから振り返ると、
「逃がすかッ!」
「ッ……!!」
 さっき一本取られたような状況が待ちかまえていた。けど、今回はそれを分かってたから思いっきりしゃがんで回避した。そのまま、跳ね上がる勢いで横っ飛び、のち胴。ほんの少しリーチが足んなくて有効打突にはならなかった。
 もう、試合時間もとうに過ぎていた。でも、誰一人止めようとしない。
 神速の剣士さんは食らい掛けた胴を手で押さえて、「へッ、そうこなくっちゃぁ」って笑った。
 そりゃどーも。
「負けんの、嫌いなもんで……剣介ッ!」
 一応場内ギリギリから剣介を呼んで、振り返らずに後ろ手で受け取ったのは。
 長さ、約六十センチの小太刀。
 蹴り技がいいくらいなら、コレも有りだろ?左手に小太刀を握って、二刀流。握った瞬間、突っ込んだ。振り下ろされた面を小太刀で受け止めて、一気に胴を払った。
「一本!」
「うっしゃぁッ!!」
 ようやく一本。これで互角だ。試合って意味では完全に負けているけど、勝負という意味なら、なんとかなる、かもしれない。
 次の『斬り合い』はすぐさま始まった。
「へへへッ、やるじゃねぇか」
 噛み合った竹刀の向こう、まだ、不敵に笑ってる。
 俺はと言うと、なんだか殺気にも似たもの凄く凶暴な何かが押さえられなくなりそうだった。
 間合いの取り合いもそこそこに、小太刀で払って開いた胴を狙っていくけど、今度は肘で止められて、振り上がっていた竹刀が肩に落ちてきた。受け止められずに身体が傾ぐけど、すんでの所で次の面を小太刀で受け止めた。そのまま上段蹴り、突き、小手。かなり変則的な技の連撃も、神速の剣士さんは的確に捌いていく。
 なかなか決まらない手に軽い苛立ちを感じながら、でも、俺に攻撃の手を休めるなんて道は残っていなかった。
 この時には既に、殺す、と思っていて。できるわけはないんだけど、気持ちはそれくらいだった。
 色んなモン剥き出して、打ち込むだけ打ち込んだ。今まで攻勢だった神速の剣士さんも捌くのに徹していて、そんな中見つけた、一瞬の隙。
 回し蹴りを防御したその腕が、ふわりと浮いた。喉元が、空く。
 そこに竹刀を突き出した……んだけど。
 手応えを感じる前に、なぜか、喉元が遠ざかっていく。神速の剣士さんが驚いたような顔が見えて、それから、膝が床とぶつかったのを感じた。
 アレ?何も、食らってないはずなんだけど―――頭が、重たい。ずっしりと。しかも、白い。
 どんどん視界に霞がかかっていって、意識にまで靄がかかっていくような感じで。
 色んな音がごっちゃになって聞こえてくる中で、たったひとつ、はっきり感じたのは。
 甲太郎の声と、ラベンダーの匂い。
 
 それが、意識の切れっ端の、最後の最後だった。