風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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龍と修羅 - 2 -

 準備運動が始まって熱気が膨らむのに比例して、剣道場にはどんどん人が入ってきた。さっきウチの剣道部員に耳打ちされたんだけど、理由はなぜか『俺がいるから』だそーな。うわ、意味不明。何、それは珍獣扱いってこと?
 一通り身体動かして、みんなが一旦、面とか取ってる間、顔出しNGな俺は団扇で面の間に風を送りながら、ふと入り口に気持ちを引っ張られた。
 人垣を縫うように入ってきたのは、ウチの学校の人じゃない。制服着てないし、もっと大人っぽい。真っ黒で長めの前髪から覗く眼も真っ黒で、どことなく親近感だけど、俺とは何かが決定的に違う。深くて、吸い込まれちゃいそうな雰囲気のある人だった。顔も、とにかくすっげぇ綺麗。男の人なんだけどね。周囲の女の子がキャーキャー言ってる感じが、よく解る。俺も、思わずじーっと見惚れてると、遠くにいたのに俺の視線に気付いたみたいで、こっち見て、にっこり笑ってくれた。
 ……ゴメン、甲太郎、俺、今ときめいちゃったよ…。
 だって、もの凄く雰囲気のある笑い方すんだぜ?ぼけーっとした後、慌てて会釈した。うわ、面被ってて良かったー。絶対今、間抜けな顔してるもんよ。
 したら、もう一度笑ってくれた。それから風みたいな歩き方で人垣抜けて、さっきの神速の剣士さんの所に行ったんだ。二人は、どうやら知り合いっぽい。お互いに並んで、楽しげに会話し始めた。
 二人並ぶと、また壮観。否が応でも人目を惹くなぁって、そんな感じ。
 ぼけーっと見とれていると、
「九龍、もうすぐ始まる故、準備をしておけ」
「あいよ」
 団扇をマネージャーさんに渡して、竹刀に持ち替える。授業と、それからたまに剣介と打ち合いするときくらいしか使わないけど、一応俺の愛刀。いや、大剣とかも愛刀だけど、それを使うワケにもいかんしね。
 本当は、二刀流の方がやりやすいんだけど、一応高校の交流試合ってことで一本だけ。ほら、普段も二挺拳銃だから、間合いとか感覚とか、両手に一つずつってのに慣れちゃってるんだよね。まぁ、今日は仕方ないけど。
 本日、俺の担当は副将。真里野さまが大将。
 昨日ね、一応剣道部に挨拶に行って(もの凄い歓迎のされ方したんよ)、三年とちょっとした試合したら、剣介以外全員に勝っちゃいました。剣介とは決着付かなかった、あはは。いつもそうなんだけど。やっぱ剣介の本領は原子刀持ったときだなぁとか、改めて思ったり。
 でもさ、こういうのって、ドキドキするもんなんだなー。一列に並んで礼した辺りから、結構心臓バクバクいってる。
 剣介が、あの落ち着いた声で黙想の号令を掛けたときも、実は全然集中してなくて、雑念ばっか。緊張、してるんだろうな。手が震えたりはしないけど、動いてないと落ち着かない。考えてみれば、個人じゃなくて、部活とか学校とか、そういうものを背負って『試合』をするのって、生まれて初めてかもしれない。
 だもんだから、黙想が終わってから、隣で正座してる剣介に、耳打ちしてみた。
「なんか、緊張してきたよー」
「安心するがいい。試合が始まれば、緊張などしてる間がないものだ」
「さいで」
 そういうもんか。そっか。じゃあ早く俺の番になーぁれー、って、勝ち抜き戦だから俺の番にならない方がいいのか?
 んなこと考えてる間に、もうすぐ先鋒戦が始まる。
 次第に静かになってくる剣道場の雰囲気は、いつもと全然違う。ゆっくりと、描かれた線が細くなっていくような張りつめた空気。このにおいは前にも感じたことがある。任務の前の、ギリギリに研ぎ澄まされた感覚と、周囲の温度が近付いてくる感じ。似てる。
 緊張がだんだん高揚に昇華されてって、それが闘争心に変わっていくのがよく解る。このまま出番が回ってこないに越したことはないけど、でも、誰かと戦いたいっていう気持ちがわけもなく迫り上がってきたりもする。
 面ってこういうときに便利かも。たぶん俺、今、すっげー好戦的で攻撃的な顔してると思う。見られたらみんなが引いちゃいそうなくらいに。だから、暑いけど、ちょっと助かってる。
 気を抜くと暴走しそうな右手を、左手で押さえて深呼吸して姿勢を正した。
 胴着着て、面被って小手着けて、そんで正座なんかしたら否が応にも気持ちは締まるってもん。普段やらないから余計にね。
 お互いの高校から部員が出て、審判の位置に着けば、もう、すぐだ。
 先鋒が歩み出て、礼のち構え。試合が始まった。
 剣介から大雑把な試合のルールは聞いてるけど、団体戦の方式ってイマイチよく解ってないんだよな。ほら、学校の授業とかも技術に重点置いて、どうやったら有効打突が取れるかとかばっかりだったし。
 今日の試合は公式じゃないから、ルールも結構変則的でさ。勝ち抜き戦だけど、勝ち抜けるのは三人までだってことだし。高校生だから突きもありで、反則を二回すると相手に一本、で、試合全体では二本先取、か。
 ここの交流試合はいつもこうらしいんだけど、とりあえずはあんまり難しく考えないで、授業で習ったような技の出し方をすれば大丈夫だって、剣ちゃんが。
 目の前で打ち合う選手を見てると、すっごく簡単そうに見えるけど、実際は全然簡単じゃないんだよなぁ…。
 とか見ていたら、いきなり二本先取されて先鋒戦はウチの負け。
 続く次鋒も、小手胴一本で負け。
 中堅もどうやら苦戦中。
「強いねー、あの先鋒」
「おそらくは実力が高い輩を先鋒に持ってきたのであろう。だが、よもや中堅が負けたとしても勝ち抜けるのはそこまでだ」
「なぁる」
 こっちは、一応ワンツーが大将副将で構えてるから、先鋒さえ疲れさて潰せればまだ全然勝機があるってワケね。しかも勝ち抜けるのは三人までで、俺んとこまでは来ないってワケか。
 あ、でも、やっぱ疲れてたみたいで、面一本こっちが取って、時間切れでウチの中堅の勝ち!祝一勝!!
 次の試合、相手の次鋒はやっぱりそんなに強くなくて、ウチの中堅の勝利。ただ、中堅VS中堅では疲れが出たらしく、一本取ったものの立て続けに小手を取られて負け。
 てなワケで、俺の出番ですかね。
「九龍、頼むぞ」
「うっし、任されて!」
 竹刀を持って立ち上がり、中央に歩み寄る。提刀のまま立礼をして、帯刀。開始線まで三歩で進んで、三歩目と同時に竹刀を抜きながら蹲踞の体勢に入り「始め」の宣告を待つ……で、いいんだっけ?
 とりあえず、注意されないんだからそんな変な間違いはしてないんだろ、きっと。
 構えたまま、宣告を待つ。この時間がやたらに長く感じて、どんどん気が張りつめていって。
「始めッ」
 合図を聞いた瞬間に、飛び込んだ。間合いを取るなんてことを、そういえばやんなきゃなんだっけなぁと思ったのは、面を打ち込んで、周りの審判が一斉に旗を揚げた後。気が付かないウチにちゃんと気合いの「メェェンッ!!」とか言ってたらしくて、あっさり一本。その間僅か二秒、あは。開始線に戻るときに、ちらっと見た剣介が口元ににやりと笑みを浮かべてた。
 これで、良かったっぽい。
 なら、じゃんじゃん行きますよ?
 今度は、開始の合図と共に相手が一歩下がった。同時に飛び込まれないように防御姿勢も取ってる。さっきみたいな奇襲攻撃は無理、か。
 前の試合を見てると、この中堅さん、小手が得意っぽいからそこんとこ、気を付けないと。
 竹刀の先でバチバチと間合いとタイミングを計りあう。あー、もう一気に突っ込みたいけど、そんなんじゃ絶対一本取れないんだよなぁ、クソッ。
 俺は持久戦得意じゃないからさっさと決着着けたくて、わざと右手の甲を相手に向けるようにちょっとだけずらした。
 案の定。浮いたところに的確に小手を打ち込まれた、けど。それを待ってたんだよーん。竹刀で受け止めて、そのまま右手首を返して振り上げ、面を打ち込む。スターウォーズでライトセーバー戦やってんの見て思いついたんだ。
 しっかり打ち込んだから、当然の如く一本。二本先取で、勝利!
 面の隙間から、相手が驚いてんのが見えた。周りもなんだかガヤガヤしてる。そんなに珍しいんかね?一本、ちゃんと取れたけど?
 交代の前にちょっと戻って剣介に「アレで良かったん?」と聞くと、
「普段の試合などではあれほどまで見事に決まらぬ技故、皆驚いているのだろう」
「へー」
 何でも小手返し面とか何とか。いーよ、俺の中では『必殺ダースベイダー』だから。
 よーし、次もガンバろ、って、相手の方をちょっと見たら、何やらざわざわ。あの『神速の剣士』さんが、残った二人と肩を組んで密談?その後ろでは、例の黒髪のお兄さんが、俺の方を、真っ直ぐ見てた。
 ギャー、照れる!!
 思わずでっかく頭を下げたら、お兄さんは神速の剣士さんの肩を指で叩いて、俺の方を指した。神速の剣士さんが顔を上げる。うわぁ、眼が合っちゃっちゃ…。したら、神速の剣士さんは愉しそうで勝ち気で、とっても挑戦的な笑みを向けてきた。
 眼が、なんとなくなんだけど「負けねぇぞ?」って言ってる気がして、だったら、と思って胸をトントン叩いて、竹刀を相手に向けた。絶対、負けないよ?
 神速の剣士さんは「おッ」ていう顔をしてから、笑みを少し、深くした。
 それからすぐ、副将戦が始まる。副将…うわ、相手左利きだし。
 右利きが相手の時は、中段の構えでは右小手しか有効打突にならないんだよね?左だと逆で、だから上段の時は右で……ワケ分かんなくなってきそうだけど。でも、わッたしのわッたしの彼は~左利きーってね、あいつが左利きだから、特性とかはよく解る。ラッキー。
 脳内の『私の彼』に感謝して、ふっと視線を感じて横を見ると。甲太郎がいた。ちょっと距離があるのにも関わらず、あいつがいるって思うだけでなんだかラベンダーの匂いが感じられて、すっごくこそばゆい感じ。うわぁ、侵蝕されてるよ、みたいな。
 でも、妙に落ち着いて。甲太郎が微かに頷いてきたのに頷き返して、俺は開始線に立った。
 相手はしっかり奇襲対策をしてて、全く以て隙が御座いません。だったら、隙を作ればいーんじゃん?
 竹刀の先でやってる小競り合いを止めて、懐まで飛び込む。防御してるから直接何をっていうわけじゃないけど、普段の格闘技で身体にしみこんでいることを思いだし、手を休めることなく一気に打ち込んでいった。攻撃攻撃攻撃。相手は防戦一方で、どんどん後ろに下がっていく。
 打ち込みながら、どんどん自分の中の凶暴な感覚が目覚めていくのが分かった。面の間から見えた相手の目がビビリ入ってて。滅茶苦茶加虐的な気分になる。
 これが真剣で、防具とかもなかったとしたら、目の前のこいつは何回死んでる?
 そんなことまで考えちゃって。もう愉しくてしょうがなくなってきた。それが、顔に出たんだろうな。相手が完全に腰引けて苦し紛れに打ち込んできた突きを紙一重でかわして、そのまま払い胴。
 一本。へっへーん。どうよ?
 副将さんじゃなくて、神速の剣士さんに向けたつもりなんだけど……おろ?いない。監督、ダメだろ、試合中はちゃんといなくっちゃー。
 なんて、相手チームのことを考えてる場合でもなく。すぐに二戦目開始。そろそろこっちも疲れてきちゃって、さすがに連戦はキツいなーと思ってたら、やっぱ隙がでろでろ垂れ流されてたみたいで、気が付いたらしっかり面を打つ気満々な副将さんが。左右に避けるのは無理だと一瞬で判断し、伏臥してみた。面に、微かに衝撃が来るけど、まともに当たった感じはない。審判からのコールも何もなく、そのまま離脱して一旦距離を取った。
 はひー。相当疲れてるね、俺。相手にもそれは分かってるみたいだ。でも、だからって負けてはやんないよ?
 のぼせかけた頭を振って、再度、中段に竹刀を構えた。
 来いよ、ぶっ飛ばしてやるから。
 深呼吸、吐ききった直後、相手が打ち込んでくる。狙いは面か、竹刀が上がり、右手が前に来る。右利きの俺から見れば、狙い所だっての!!
 かわさず、間合いを詰めてそのまま。切り払うように小手を打った。勢いあまって転がり掛けたけど何とか踏ん張ったら、そこで「一本!」頂きました♪
 ……でも、実際、結構きついぜ?さっきの先鋒さんが疲れてへばって負けたってのが、よく解る。慣れない格好に慣れない舞台、ずーっと面を被りっぱなし。しかも次、大将戦っしょ?一番強いんだよなー、どうせ。
 へろへろしながら戻ろうとして、ふと甲太郎がいたところを見ると、ちょっと顔を顰めて、それから唇だけで、

『 だ い じ ょ う ぶ か ? 』
 
 って。
 疲れ飛ぶどころか、張りつめてたものが結構緩んじゃって、汗と一緒に涙まで出そうだこの野郎。
 じわじわ滲む甲太郎の姿に嘘っぱちな頷きを返しておいて、天香陣地に戻った俺は、そのままべったり俯せで倒れてしまいました。ずーーーっと面被りっぱなしで、脳ミソにまで汗掻いてそうだもんよ。
「九龍!」
 大将が呼ぶ声に「ダーイジョーブー…」と答えていると、いきなり願ってもない申し出が振ってきた。
 相手の大将がトイレに行ったまま帰ってこないんだそうな。監督が探しに行ったんだけどまだ帰ってこないから、もうちょっと待ってて、って。
「九龍、次の一戦もお主が出るのだ。どのようにいたす?」
「あー、もー、待つ待つ!あと一時間くらい待ちたい!」
 部員に団扇で扇がれながら、両手で大きく丸を作って見せた。ありがたや、ありがたや。その間に少しでも体力を回復をと、氷嚢を無理矢理首に当ててみたり、嗚呼、面を取りたい…。
 とりあえず呼吸だけは整って、あと一戦、相手を疲れさせて剣介にバトンタッチできるくらいの体力は戻ってきたかなって感じたときに、面を被った人が剣道場に入ってきた。防具には大将さんの名前が。もうちょっと休みたかったけど、しゃーない、行くか!
 起き上がって竹刀を取って。ふらつく足下を踏ん張らせて、開始線へと向かった。
 歩いてくる大将さん。うわ、デカい。俺と、頭一個分は確実に違う。取手とか夕薙とか、あのクラスを思い出す感じ。
 中心線を挟んで俺と大将さん。向き合って、礼をして、しゃがんで立って、構えて。
 瞬間、もの凄い冷や汗が吹き出してきた。何?この威圧感。竹刀を向け合ったと同時に、背筋にビリビリ、電流みたいなのが走る感じ。
 始めの号令が掛かる直前、俺は呆然と目の前に立つ野郎を見た。
 面の奥で、彼はにやりと、愉しそうで勝ち気で、とっても挑戦的な笑みを見せた。
 それから、「行くぜぇ!」って。
 
 紛れもなく。
 
 俺の前に立っていたのは。
 
 『神速の剣士』
 
 その人、だった。