風云-fengyun-

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***since 2005/03***

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龍と修羅 - 1 -

 それは、真里野剣介のこんな一言から始まった。
「九龍!!お主を漢と見込んで頼みたいことがあるッ」
 朝のHRが始まる前。剣介は突然3-Cの教室に飛び込んできて、俺を見つけるが否やガバッと四つん這いになり、頭を下げてきた。
 もう、クラス中大騒ぎ。何事か何事かって、俺と剣介の周りは人垣状態。寝坊して、朝飯代わりのカレーパンを口にくわえてた俺は、イキナリのことに目が点。
「ど、どーしたんよ、剣介」
 とりあえず頭を上げて、と床に頭を付けたままの剣介の前にしゃがみ込むと、今度は顔を上げた剣介に腕を掴まれて、更に何が何だか。
「拙者の、生涯にただ一つの頼み、聞き入れてはくれまいかッ」
「いやね、だから、何?まずそれを聞かないと」
 つーか少し落ち着けよ。しかも顔近いよ!こんなトコ七瀬ちゃんに見つかったら、変な誤解されるよっていうくらいに顔が近いよ。
 少しだけ胸を押して距離を取ると、剣介は肩で息をしながら首を振った。
「す、すまぬ……拙者としたことが、取り乱した」
「イエイエ。で、何さ。どうしたんさ」
「それが、……のっぴきならぬ事情があって…」
 それから剣介は、そののっぴきならない事情とやらを懇々と語り出した。
 真里野剣介は、剣道部の部長をしてる。で、ウチの剣道部は毎年毎年、他校と交流試合をやってるんだそーな。それも、三年生同士で、最後の引退試合にね。今年も例の如く試合をやることになったんだけど、三年生が団体戦ギリギリの五人しかいなくって、しかも。なんと、その中の一人が怪我して交流試合に出れなくなっちゃったんだと。
「んで。なんで俺なの」
 一人足りなくなった剣道部の穴を埋めるため、何故か剣介の中で勝手に白羽の矢が俺に立ったらしい。
「お主の剣の腕は拙者が見込んだ通り!剣道部員にもひけは取らぬであろう?」
「取らぬであろう、って…剣道部の二年生とか出せばいいじゃん」
「そ、それでは駄目なのだ!あくまでも今回の試合は出場する全員が三年でなければならぬ。それが、掟だ」
 掟って……。破ったら殺されるわけでもなかろうし、第一相手の学校に事情を説明すれば分かってくれるんじゃねーの?
 って、言ってみたんだけど。
「……二年では、ダメなのだ。相手校は、都大会でも上位に入る強豪校…勝つには、九龍!!お主の力が必要なのだッ!!」
「えぇー…」
 確かにウチの剣道部って、剣介は強いんだけど、他がそれほどでもなくて、だから都大会とかではいつも団体戦はすぐ負けちゃうとか。個人戦は剣介、優勝したらしいんだけどさ。そりゃそうだよな、あれじゃあ。
「しかも去年一昨年と負けが込んでいるのだ…。だからこそ、今年こそは勝たねばならぬ」
「でもさー、そういうのってフェアじゃなくない?」
「ふぇあ?」
「正々堂々じゃないって事。部外者の俺を使って、それで万が一勝てたとしても、剣ちゃんさー、嬉しい?」
 途端に、もの凄いショックを受けたらしく、仰々しいモーションで剣介は崩れ落ちた。すげぇ、コント見てるみたいだ。
「おぉぉぉ……、せ、拙者のしようとしたことは、卑劣な手……拙者は、拙者はぁぁぁッ!!」
「お、お、落ち着け!!剣介落ち着いてよ頼むから!!」
 いつの間にか、教室だけじゃなくて廊下の方でも人垣!な、なんかこれって、俺が剣介苛めてる的な構図だよな、頼むよぉ、俺、虐めてなんかないってば!そんな目で見るな!
 困ったなぁ…って、思ってると。
「おっはよー!って、アレ?九チャンに真里野クン、どったの?」
「おっす、オハヨ。八千穂ちゃん」
 教室に入ってきた八千穂ちゃんが、人混みを掻き分けて姿を現した。
 不思議そうな顔してるから掻い摘んで事情を話すと。八千穂ちゃんは何やら合点がいったように手をポン、と合わせて笑った。
「あぁ!だから月魅に日曜日、誘われたんだ!」
「七瀬ちゃん?」
「そ。剣道部の試合を一緒に見に行きませんかって。真里野クンが誘ったんだね」
 ほほーぅ。あーね、そっかそっか、そういうことか!
 げへへへと笑うと、もう、剣介ったら可愛いんだから、真っ赤になっておろおろし始める。
「い、いや、違う、違うのだ、九龍、聞いてくれ。それは誤解だ、その、拙者は…」
「拙者は、何?」
 って聞くと、ごにょごにょごにょーって。
「な、七瀬殿は、その、剣にも、精通しているとのことで、な、ならば、是非、試合をと……」
 あ、そっか。剣介の中では、七瀬ちゃんはバリバリの運動神経全開娘なんだよなー。中身俺だけど、うへ。
「だからかー。そういうこと、ね。うーん」
 だからこそ、余計に負けるわけにはいかないんだろうな。剣介だけじゃなくて、全部が。七瀬ちゃんの前で負けるっていうのは、たぶん剣介の中で、有り得てはならないこと。
「でも、さー。だからって俺が出るって、どーよ?剣道部員も絶対ブーイングだろ?」
「部員は、九龍が出ることに満場一致での賛成であったが」
「…さいで」
 なんつー部員だ。拒否れよそんなの。
「俺なんかでよければ、出てやりたいのは山々だけどさ。部外者なんだって、俺は」
 だから、ゴメンね、と言おうとすると。
 八千穂ちゃんが、凄まじいことを言ってのけた。
「そんなの、入部届け出せばいいことじゃん」
「「へ?」」
「九チャン、剣道部に入ればいいじゃん。二年生がいきなり三年生になるのは無理でも、九チャンが剣道部に入るのは簡単でしょ?」
 まぁ…確かに、簡単ではありますが。
「八千穂殿!!貴殿の斯様な考案、見事としか言い様が御座らぬ…!九龍、その手があったではないか」
「えー!?だって俺、部活とか出てる暇がねーっての!」
「安心なされよ。名前だけでも構わぬ。どうだ、九龍?」
 それって限りなく反則に近い気がするんだけど……どうですか。
 でも、なんかもう、雰囲気が決定、みたいになっちゃって。剣介もかなり必死な目だし、一日試合に出るだけなら、公式じゃないし、いいかなーって。ちょっと傾きかけたときに、トドメ。
「それに、ただでとは言わぬ。礼はきちんと致そう」
「礼?いいよ、別に、」
「まみぃずのカリーライス、一週間分を進呈致す。どうだ?」
「うッ…」
 何でそんなピンポイントで攻めてくるわけ!?や、やるな剣介剣介…。チクショウ!!
「……了解。分かりました」
「ほ、本当か!!?」
「ただし、その試合だけだかんな?練習出てこいとか言われても、困るし」
「いや、それで良い!助かった。九龍、感謝してもしたりぬ。この恩は、真里野剣介、一生忘れぬ!」
 いやいやいや、カレーで結構ですから。そんな一生懸命感謝されても困るし。
「でも、俺だってそこまで強くないんだから、負けても怒んなよ」
「安心しろ。お主の腕はこの真里野、信用している。まかり間違いよもや負けたとしても、潔く諦めようぞ」
 その勝つこと前提、みたいな物言いをやめてほしかったが。それ以上俺は何も言うことができなかった。教室には雛川先生が入ってきて、剣介もそこで自分の教室に帰っちゃったからだ。

*  *  *

 ……まぁ、そんなこんなで、俺は剣道部の助っ人として交流試合に出ることになったわけで。
 あの後、結構大変だったんだぜ?あいつはカレーで釣れば助っ人に来るって噂が広まったせいで色んな部活からお誘いをいただいちゃったし(もちろん、丁重にお断りしたけどさ)。それに、石…じゃなくて黒塚からは「君は石研部員だと思ってたのに!」って言われちゃうし。何だか面倒くさいことになったんだけど、まぁ諸々置いといて、今日は、こんな格好で剣道場にいる。
 俺は名前の入った胴着なんて持ってないから、名前の代わりに『天香』って入った剣道部のを借りて、竹刀を持って準備運動。
 さっき相手の高校が到着したみたいで、剣介が挨拶に出向いてる。剣道場をぐるっと見回すと、八千穂ちゃんや七瀬ちゃん、どっから噂が行ったのか他のバディのメンツもちらほら。他にも結構人が入ってて、聞けば他校と交流の少ないこの學園では、部活ごとの交流試合には人が沢山集まるんだそうな。上のギャラリーフロアにも人がいっぱいいる。そして一階の人の中に、甲太郎の姿を見つけた。
 ビックリして、思わず駆け寄っちゃったよ。
「甲太郎!」
「よぉ」
「何でいるんだよ!俺、お前に話してないよな?」
 剣道の試合に出るなんてこいつに言ってないし、つーか恥ずいから言えないし。
「そりゃ、あんだけ教室で大騒ぎすれば嫌でも耳に入ってくる。生憎と今日は暇でな。見に来てやったぞ」
「……暇なら寝てろよ」
 なんか、ちょっとだけ剣介の気持ちが分かった気がした。こうやって見に来られると、絶対負ける姿とかさらしたくないよな。
 できることなら、甲太郎にはそんな姿を見せたくないなと思っていると、甲太郎は俺の頭の天辺から爪先までじーっと見てきた。
「な、何だよ。あ、似合わないってのはなしね。自覚してるから」
「んなこと思ってねぇよ。にしても……変なことに巻き込まれやがって」
「だって、カレー一週間分て言うんだもんよ」
「お前の稼ぎだったら奢ってもらわなくても好きなだけ食えるだろ?」
 そりゃ、分かってるけどさ。なんとなく、いいじゃん?助っ人とか、あとはノート貸したりとかでのそういうお礼で学食奢りとか。
 そう言うと、甲太郎は、俺の頭に手を伸ばしてくしゃくしゃっと撫でた。
「ったく、怪我すんなよ?」
「お、おぅ」
 ラベンダーの匂いがする指先が、耳を伝って首筋に降りてきて、触られたところが異様に熱くなってきたのを隠すために勢いよく横を向いたとき、剣道場の入り口からがやがやと人が入ってきた。
 一緒に入ってきた剣介がこっちに歩いてきて、甲太郎に軽く一礼した後、俺の腕を引く。
「九龍、お主は確かに正式な部員だが、公式試合などには出ていないであろう。それが相手方に知れると厄介だ。なるべく面を被っていてもらえぬか」
「ハイハイ、了解」
 用具室で、手拭いを頭に巻いてから、借りた面を被る。一気に視界が狭くなる感覚、早く慣れないと。
 この後は確か合同で準備運動やってから、試合、だよな。
 剣道場に出てから確認すると、剣介は「そうだ」と頷いた。それから、相手校の並びを指して、
「あれが今日の対戦相手だ。選手皆、なかなかの使い手だ」
「へーぇ。で、アレが監督?」
 選手の横にいる長身の人を指すと、剣介の顔付きがちょっと変わった。
「あれは……伝説の剣士だ」
「はぁ?」
「五年前の都大会、決勝で、彼の人は副将まで負けていた自分方を、五人抜きで優勝にまでのし上げたのだ」
「ひぇー。すっげ」
「五年の月日を経て、今年、母校で剣道部の監督をしているとのことだ」
 確かに、強そう。なんてーかな、ガッチリしてて、つっても夕薙のダンナみたいな感じじゃないんだけど。俺なんかが腕相撲挑んだら百回やって百回負けそう。精悍で、凛々しくて。赤っ茶けた髪が剣道っぽくないけど、雰囲気は滅茶苦茶ある人。
「凄まじい剣筋のキレ、身のこなし。当時付いた通り名は『神速の剣士』」
「剣介とどっちが強いかね」
「うむ。一度手合わせをしてみたかったものだ」
 しばらく、その『神速の剣士』さんを見てたんだけど。そういえば、対戦相手の高校、まだ聞いてなかった気がして隣の剣介に訪ねた。
「今日の相手か?彼奴は同じ新宿の地から来た真神学園の者共よ」
「真神学園……」
「とは言うものの、こういった方が通りは良いがな」
 そう言って、剣介はまた、神速の剣士さんを見て、呟いた。
 
「――――東京、魔人学園」