好きだと言えばよかった
痛みが全身を支配する。
耐えられないほどではないけれど、戦い続けるにはちとキツい。元より勝つつもりのない戦いだ、早々に音を上げてホールドアップすれば、あるいは見逃してもらえるかもしれない。
……なんてこと、冗談でしか考えられないんだけど。
目の前には、無表情な色の眼で俺を見据える皆守甲太郎。
数分前まで、親友で、相棒で―――実は好きだと、思ってた人。今は俺を墓から排除するために、攻撃してくる。
今まで怠い眠いやる気ないの一辺倒だった甲太郎が、目を見張るほどの足技をお見舞いしてくるのには正直驚いたが、それを受け、かわしながら加減が欠片もないことには驚かなかった。
この人は、俺を殺したいんだな、と思った。
この人は、俺に死んでほしいんだな、と知った。
墓守にとって墓荒らしは排除すべき対象だし、執行委員や生徒会の皆様方はそうして俺と対峙した。想いのどこかを贄として捧げていたせいで、精神のバランスがどこか危うくなってしまった感もあった。
けれど、甲太郎の置き忘れた《宝》は、もう解放されている。
それなのにこうして攻撃してくると言うことは、即ち、全てに於いて俺が居なければいいと思っているということだ。
こうなるともう、笑う以外にないんだけど、生憎と状況はそれを許してくれない。殺らなければ殺られる、そんなせめぎ合いの中で、でも俺は本気になれない。
本気で、甲太郎を傷付けようなんて、俺には思えないから。
「……手、抜いてんじゃねぇよ」
「あはは、抜いてないって」
ただ、本気になれないだけ。この人はきっと、俺を殺さないと何かから逃れられないんだと思う。じゃなければ、こんなに冷徹な攻撃を繰り出したりできない。
つまりは、甲太郎には俺じゃダメだったってことだ。あの写真の人……きっと、彼女が甲太郎の大切な人で、俺じゃ代わりになれなかった。俺はとことん人に選ばれないという星の下に生まれついているようだ。
やっぱり、ここは笑うしかない。
敗色濃厚、勝てる見込み無し、よしんば勝ったとしても、その勝利には何の意味がないというこの状況。
普通なら泣くんだろうな。もしくは裏切ったな!とか言って怒るか。でも、今の俺にはそんなことするエネルギーもなければそんな気もない。
「笑うほど、余裕、ってか!!」
ひゅん、と風を切る音がして、甲太郎のフェイントからの左上段回し蹴りが飛ぶ。避けようか受け止めようか迷って……迷ってる場合じゃないことに気付く。妙に身体の動きが遅いな、と思ったら、次の瞬間には喉元に血が迫り上がってきた。そのまま吐き出すと同時に、側頭部に一撃、続けざまに鳩尾にも一撃。
結構、限界だったくさい。
喉元で嫌な吐息が漏れる。吹っ飛びながら、そんでも身体は生きようと受け身を取るんだけど……その瞬間の、甲太郎の表情。堪んないね。まるで虫の目だ。感情一つない、俺なんか蹴り殺したくらいじゃ揺らがない。
ふと、数分前までの甲太郎を思いだした。それからもっと前の、隣で馬鹿やってた頃の甲太郎も。カレーパン頬張るところとか、寝起きの悪いところとか、すどりんと子供っぽい喧嘩したところとか―――しょうがないから、守ってやるよと言ったときの、優しい眼とか。
結局は嘘だったんだろうけど、全部、俺の好きな甲太郎だ。
壁に叩き付けられた直後、一瞬身体の機能が停止する。目の前がどす黒く変色して、視界が戻ったと思ったら、目の前には甲太郎がいた。
死ぬんだな、と。
振り上がった長い脚を見ながら思った。
走馬燈のように巡ろうと脳が動いた瞬間、インパクトは、肋と肺を、まとめて潰した。
何も思い出せない。何も感覚できない。
そんな中で。
ただひとつ、心残りがあるとすれば。
―――好きだと言えばよかった。
骨の砕ける音と、心臓が最後に大きく悲鳴を上げるのと一緒に、俺はそんなことを思った。